SpaceFわひね(wahine) 

一人ひとりが思いを、あるときは共有し、あるときは自由にたゆたう。。そんな場所をめざして 

2012年

08月17日

(金曜日)

石内都2

石内都情報がさらにみっちさんより届きました。
女子美での講義の紹介(われらが学芸員?笠原美智子さんとの対談形式)が女子美機関誌No.161(2008)に紹介されています。
※笠原美智子さんは東京都写真美術館の立ち上げから関わり多くの斬新な写真展を企画し、現在は東京都現代美術館に在籍

私も見つけました。沖縄で「ひろしま」写真展をやったときのやなぎみわとの対談
<ひろしま in OKINAWA ―場所の磁力を超える試み>
前半は→http://www.art-it.asia/u/admin_ed_itv/EVKd690tbwOBvSPFQMrm/
後半は→http://www.art-it.asia/u/admin_ed_itv/0o7GlZ3258hsqEi1ckRz
この長い対談の中で、こんなくだりがありました。

<石内> まぁね、付き合いは長いわけですよ。30年前に怒鳴られて、でもそれから東京などでも結構会ってたから。当事者と非当事者の違いは当たり前なわけで、問題の解決はつかないですよ。

<やなぎ> でも決裂せずに長い対話があったんですね。当事者意識、経験者の語る言葉に対して、非当事者の語る、理論的なまたは思弁的な語りっていうのがあって、それはどうやっても相容れないです。言説的なシステムが違うから。でもそれを言ってしまうと、永久に平行線をたどる。だけれども、そこで何らかの翻訳作業が行われることによって、もしかしたらそこでゲートが開くかもしれない。アートなどの個人的な表現、または言葉以外の表現がそこの翻訳作業を果たすんじゃないかと、私は期待してしまうんです。

ヒロシマ、オキナワ、フクシマ と私が向き合うとする時にこの言葉を思いだすことでしょう。
 
これまでも駄文ながら記してきたように、石内都の‘ひろしま’は、彼女以前のこれぞ「ザ・ヒロシマ」的な写真とは立ち位置が全く違います。私が初めて見たときの第一印象は「不謹慎だけど・・・なんてキレイなんだ、なんておしゃれなんだ」でした。来場の女性たちはほとんど同じような感想だったと知り安心しましたが、これこそが石内都の意図なんだと腑に落ちたものです。


さて、今日のBS1スペシャルではどのような話が聞けるでしょうか。

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