SpaceFわひね(wahine) 

一人ひとりが思いを、あるときは共有し、あるときは自由にたゆたう。。そんな場所をめざして 

2012年

01月01日

(日曜日)

石内都写真展「ひろしま」バンクーバー

年がなんとか無事に明けました。

手放しでめでたいと言えない年明けですが、今年もなんとか生きていきます!
宣言しちゃってだいじょぶか?

年末に取り上げられた記事で目に留まったのがこちら↓
http://mainichi.jp/enta/art/news/20111226ddm012030172000c.html
写真展「ひろしま」を見た時の自分の複雑な思いがよみがえりました。

被爆時の衣服など撮影、バンクーバーで 
人間がいたこと、知ってほしい

ひろしま
カナダ西部のバンクーバーで原爆を題材にした写真展「ひろしま」が開かれ、衝撃を与えている。紹介されているのは、被爆時に犠牲者が身につけていた色鮮やかな衣服の数々で、写真家の石内都(みやこ)さんの作品だ。この写真展の海外開催は初めて。原爆雲の下にいた被爆者に思いが及ばなかった人々に、かつて生身の人間がそこに存在したことを強烈に伝えている。【バンクーバーで山科武司】

 小さな花がちりばめられた美しいワンピースは、ところどころが破れ、焦げ跡があった。真っ赤なボタンが鮮やかな白いブラウスは、よく見ると下半分に血痕が無数に飛び散っていた。

 今着てもおかしくないような紫色のワンピースも、下のあたりが血で変色していた。白地に黒い模様があるブラウスには細かい裂け目が無数にあった。飛び散ったガラスが突き刺さった跡だ。

 写真展が開かれているのはブリティッシュコロンビア大学人類学博物館(MOA)。広島平和記念資料館が保存する犠牲者の遺品や被爆した品物から、衣服や靴などを撮影した石内さんの写真集「ひろしま」(08年)の作品と、市松人形や学徒動員兵の靴など7点を撮り増し、計48点を紹介している。

 世界一周旅行の途中に訪れた英国人のスザンナ・クックさん(28)は「作品には衣服を着ていた人々の精神が宿っている。祖母が若かった1930年には英国でも華やかな服を着たのかしら」と想像力を膨らませた。「ヒロシマやナガサキは(学校で)教わらなかった」と言う。

 バンクーバー在住のジョン・ロウリーさん(63)は「(着衣には)人間が息づいている。破壊されたビルの写真とは違う」と述べ、「原爆への見方が変わった」と結んだ。地元紙はこの写真展を「普通の人々が確かに暮らしていたことを雄弁に物語らせている」と好意的に評した。

 バンクーバーに72年に移住し、日系カナダ人1世の支援活動を続けてきた山城猛夫さん(68)は広島市出身。2歳の時、原爆投下から約1週間後に疎開先から母に背負われ、市内にいた父に会いに行き、被爆した。

 「記憶などないはずなのに」ケロイド状の人々の姿が頭にすり込まれ、それまで平和記念資料館を訪れるのは苦痛だった。だが、作品を見て気持ちは一変した。「かわいい着物を見ていると、それを元気よく着ていた人の笑顔が頭に浮かんできた」と、むしろ気持ちが静まったという。

 実は展示には懸念もあったと、MOAの学芸員カレン・デュフェックさんは打ち明ける。バンクーバーのあるブリティッシュコロンビア州は、かつて根強い反日感情が渦巻いた土地柄だからだ。

 太平洋戦争開戦前から日系カナダ人への弾圧を強めたカナダ政府は、真珠湾攻撃の直後、日系人約2万2000人の財産を没収。日系人は州沿岸から100マイル(約160キロ)以遠へ追いやられ、強制収容所に収容された。45年春には日本への帰国か、ロッキー山脈以東への再移住を強いられた。日系人の移動の自由が回復したのは49年になってからだ。

 バンクーバーで80年代に原爆展が開かれた時には「真珠湾を忘れたか」と抗議があったという。

 「幸い、今回は反発はほとんどありませんでした」とデュフェックさんは胸をなでおろす。地元紙が原爆投下を「恥ずべき日」と記述したことに「そうではない。戦争を終わらせた歓迎すべき日だ」と反論の投書があった程度だったという。

 原爆へのさまざまな思いが交錯するこの地で、写真展「ひろしま」は来年2月12日まで開かれている。


(ネットには掲載されていないが紙上ではこの写真展に尽力した
石内さんの友人映画監督のリンダ・ホーグランドさんの言葉も)

反戦・平和」というメッセージで固定されがちな「ヒロシマ」を解放するのが石内さんの意図だ。彼女は「(衣服を着て被爆した)彼女たちを、おしゃれがしたかった、ただの人間に戻してあげたい」と言った。
 北米では「キノコ雲」がgんばくの象徴として人びとの記憶に強く刻み込まれ、雲の下に多くの人々が暮らしていたことはなかなか伝わらない。その「キノコ雲」を振り払うパワーが作品にはある。
 写真展を巡り、NHKとの共同制作でドキュメンタリー番組と映画にまとめることになり、開場を訪れた45人ニインタビューした。「戦争はだめ。平和がいい」という抽象的な反応を心配したが、全く違った。日系カナダ人は、強制収容所で生まれた自らの生い立ちを語り始めた。作品が示す具体的なイメージの前に、人々は個人的な思いに向かうのだ。
 「ひろしま」展は来年、パリでも開催される予定だ。ドキュメンタリー番組も欧州の複数の国から「共同制作したい」と申し入れがあった。「ひろしま」は今、世界に広がるホットなテーマだ。

コメント

作家さんの、服装に違和感を感じられる。グレーの地に白いドクロの両目に、何か棒を刺した様な模様の、ブラウスを着ていた。原爆被害の写真展に、delicacyの無さを感じる。敢えてその服を着ている事を、知りたい。

●NO TITLE

広島でガイドをし、アメリカでも核兵器の怖さを訴えてきました
その立場から写真にある衣装に違和感を感じています
資料館内に展示されてる物とあまりに違うからです
原爆が落ちる前から日本国内で写真にある衣装を着ていた人がどれだけあるでしょうか?
ある被爆者の証言で東京から広島に疎開していたその方は靴を履いてたというので教師や他の子供からいじめられ、ぞうりに履き替えようにもすぐには手に入らずしばらく裸足で過ごし、お母様はモンペではなく洋服を着ていたことでやはり周りから非国民と言われたそうです

私はアメリカの大学で広島を伝え、同じ大学の学生を毎年ガイドしていますが、今年来た学生の一人が石内さんの写真を見たことがあるそうで
私の感じていることと同じ感想を話しましたので
コメント投稿いたしました

●Re: NO TITLE

> 私はアメリカの大学で広島を伝え、同じ大学の学生を毎年ガイドしていますが、今年来た学生の一人が石内さんの写真を見たことがあるそうで
> 私の感じていることと同じ感想を話しましたので
> コメント投稿いたしました

コメントありがとうございます。
おそらく広島の原爆資料館に行ったことがある人や当時のことに詳しい人たちの
大多数は同じような感想をもたれるかもしれませんね。
NHKBSの番組はご覧になりましたか?
石内さんや映像を作ったリンダ・ホーグランドさんは、
逆に、HIROSHIMAに先入観をもたない(知らない)人たちに
現代の自分たちと変わらない生活が原爆が落とされる前の広島で
営まれていたということを感じてもらうことを願っているのではないでしょうか。
“広島”“原爆”の前で膠着してしまう私は、
正解ではないかもしれないけれど、あらかじめ教えられてきた歴史とは違う形で、
自分の生活のレベルの言葉で語ることができるきっかけができ
当時に生きていた人々をリアルに感じることができました。

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