SpaceFわひね(wahine) 

一人ひとりが思いを、あるときは共有し、あるときは自由にたゆたう。。そんな場所をめざして 

2011年

09月17日

(土曜日)

石内都さんの話

元々旧来の座学が苦手で講演会なんぞも苦手です。
瞬間的に影響を受けて沈思熟考しない性質なもんで、
咀嚼しないまま周囲に受け売りを吹聴して、後で後悔したり。。。

自分の感覚で気に入っている事柄についての情報もあまり収集蓄積できまっせん。
記憶中枢?の欠陥大きく、見て感じて、消える・・・の様相がますます進んでおります。

で、バタバタしていて、そんな私が楽しみにでかけた千代田区MIWの講座
大いに聴き入った石内都さんの話も霧散してしまうところだった、やれやれ。

以前「ひろしま」写真展を見たときに圧倒された作品にまつわる話や
彼女の来歴もさることながら
助手もスタッフもスタジオも持たず(写真展用大型のプリントは外注もあり)
作品全てが自然光で撮影され、作業も彼女一人の手で創作されていると知って驚く。

石内さんが「ひろしま」のテーマに取り組む際、
“原爆・広島”の歴史的(負の)イメージと違う視点を模索する中で出会ったのは、
原爆資料館に保管されている、当時の人びと(特に女性たち)の日々の生活用品。
中でも皮膚感覚が生々しく伝わる数々、
色鮮やかな手製のワンピースやブラウス、同生地で作られたくるみボタン、
大事に繕われた背広や手袋などなどは、まさに原爆投下直前まで
当たり前に生きていた人びとの生きる営みが、現代と同じ普遍的なものだと
静かに深く私たちに意識させてくれる。
「ひろしま」というタイトルを前にすると日本人のみならず、
誰しも少なからず身構えてしまうけれど、それは事実を見間違え、ともすると
「ひろしま」を貶めることになりかねない、と石内さんは語る。
写真集を手にする人も、ページを開くと、思わず
“キレイ!”“カワイイ”と口にしたくなったはず。それが石内さんの狙い。
「不謹慎かしら」などと思わなくてもいいんだよって。

 「ひろしまひろしま    「Mother's石内都

今年の秋から半年カナダのバンクーバーで「ひろしま」写真展が開かれるとのこと。
そのポスターデザインに当初「ひろしま」と「Hiroshima」が同列に書かれており
石内さんは「ひろしま」の下に小さくルビとして英字を書くよう求めて強く交渉したとのこと。
“原爆”“広島”への先入観を抜きにして
「ひろしま」をそのまま受け入れてほしいという願いを込めて。

「Mother's」は、存命中の母親との関係があまり良くなかった石内さんが
母を喪って、その喪失感の想像以上の大きさにとまどい、
遺品と向き合い対話する中で撮影したもの。
そのほとんどは下着や化粧品で、皮膚感覚そのもの、とてもシンプルで美しい。
写真展で見たときの印象が今回石内さん自身のことばによって、
忘れられないものに増幅された。
多くの女性が自分の母親の遺品を前にして覚えたであろう葛藤の記憶を思い起こして
胸の中でいろんな対話を始めるきっかけとなったかもしれない。
そんな女性たちの思いが作品を自立させていく力となったのか
石内さんは「Mother's」は発表の機会を重ねるごとに
自分の私物から解き放されていくと実感しているそうだ。

石内さんは撮影する中で母というより同じ“女”として理解するようになり
長年の確執やわだかまりから自分と母を救い出せたのだろう。
そこから新たな関係を築けなかった後悔も残るかもしれないが
それも受け入れるしかない。

私はモノに思い入れがあまり無い性分で、
母の残したもので自分が使えそうなもの以外はほとんど処分してしまい、
あとは頼りにならない自分の記憶だけしかなく
母に対する複雑な感情もほとんど残っておらず
母は自分の娘の不人情に呆れていることだろう。

ちなみに、男性が見ると“母”の中に“女”をみることに畏れ?怖れを抱くのか
居心地悪くなるそうな、なんだかな~

明日は、モノがわかったつもりの多くの男性たち(トホホな女である私も含む)を
確信犯的に居心地悪くさせて、その後“転向”させる達人の
辛淑玉さんの話を聴きにいく!
9月18日(日)14時~16時
「はばたき21」 台東区立男女平等推進プラザ
「2011男女平等推進フォーラム」辛淑玉さんの
講演会「震災で見えてきたこと~女の目線、男の目線~」




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