SpaceFわひね(wahine) 

一人ひとりが思いを、あるときは共有し、あるときは自由にたゆたう。。そんな場所をめざして 

2018年

05月14日

(月曜日)

スクエア

「PC(political correctness)」、「包摂」、「寛容」、「多様性」、「共生」

これらの言葉の正当性を疑う者は、人間性を疑われる・・・現代社会の特に一定の知識階層では当然のことだろう・・・
であるのに、この言葉がお題目のように高く掲げられて、いたるところで矛盾を深めているのが現実か。

そんなことを突き付けられるのがこの映画
「スクエア」
スクエア

ジャンルとしてはコメディという事らしい。確かに前半では、私は少ない観客の中で一人で笑っていた。実にシニカルで皮肉が効いていて自虐的な笑い。
しかし、主人公のクリスチャンの行動はおためごかしだらけで、自意識やプライドのかたまりだということが見えてくると同時に、それだけでなく、監督がクリスチャンを通して、見る者の欺瞞を突いてくる。
私自身のあやふやさが徐々に強まってくるのが後半の数々のエピソード。

何度かEU諸国に旅してきたが、年々街中で見かけるホームレスの人が増えている気がする。この映画の撮影地のストックホルムにもいたるところにいるようだ。まるで映画の陰の主役のように。。。
クリスチャンが出会う一人のホームレスの女性は彼の"好意"のサンドウィッチに{玉ねぎ抜きでね」と要求する。このシーンで私は「えっ?ちょっと・・・」と思った。多分クリスチャンも。
で、彼はサンドウィッチを彼女に渡した後「玉ねぎは自分で抜けよ」という台詞を吐く。その時私は「だよね」と思い、ハッとする、自分の驕りに。ホームレスの女性が図々しいと思った私は何様なんだ?
そしてホームレスの女性の姿勢に初めて思いをいたす。
クリスチャンがあまり考えずに起こした行動が様々な事を引き起こすエピソードのどれもが、世間でエリートと呼ばれる階層の人々だけでなく、似非中間層の日本人の一人かもと自認する私に、「どうなんだ、あんたの倫理観は」と突いてくる。。。

自分のスクエアの中だけでも倫理を保つことができるのか・・・

蛇足
クリスチャンは、ホームレスの人たちの「小銭でもいいからお願いします」との要求に、応える言葉は「自分は現金を持ってないんだ」
スウェーデンでは現金を扱わない銀行もあるとか。カードやスマホ決済からさらに自分の手にチップを埋めてカードやスマホすら持ち歩かない人も増えているとか?!
ああああああああ!

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