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2018年

05月05日

(土曜日)

ナタリー・ポートマンの姿勢

先日「女は二度決断する」のところで人間の存在意義について戸惑っている、てなことを書いた後、こんなコラムを読みました。

毎日新聞 布施広の地球儀 「オスカー女優の乱」
毎日新聞2018年5月4日 東京朝刊

ナタリーポートマン

天は時に二物を与えるのである。

 ナタリー・ポートマンさんは映画「ブラック・スワン」でアカデミー主演女優賞を受けた美貌のオスカー女優。超名門の米ハーバード大で心理学を修めた秀才でもある。

 3年前、同大の卒業式に招かれた彼女は学生時代、自信喪失に陥ったことを明かし、知識の欠如を認めてそれを自分の「財産」とするよう聴衆に説いた。学究の徒の顔を見せた演説だ。

 エルサレム生まれの彼女が今年、ユダヤ人社会に貢献した人に贈られるイスラエルの「ジェネシス賞」の対象に選ばれたのは異とするに足りない。が、驚いたことに彼女は授賞式への出席を拒んだ。つまり受賞辞退ということらしい。

 本人のインスタグラムによれば、授賞式で同国のネタニヤフ首相と同席して彼を支持していると思われたくないという。ホロコーストを生き延びた親族を持つ彼女は暴力を憎み、「残虐行為に苦しむ人々」を痛めつけるのはユダヤ人の価値観に反すると考えるからだ。

 「残虐行為」とはパレスチナ人に対するイスラエルの強圧策のことだろう。昨年暮れ、米国がエルサレムをイスラエルの首都と認定し、大使館も移す意向を示してからパレスチナ人の抗議行動が高まり、イスラエル側は鎮圧に実弾を使ったとも言われる。

 ここで思い出すのは、2009年にイスラエルの「エルサレム賞」を受けた村上春樹さんの、「卵」と「壁」の隠喩を用いた演説だ。示唆に富む演説は高く評価された。

 他方、ポートマンさんに対し、イスラエル当局は同国に対するボイコット、投資引き揚げ、制裁を呼びかけるBDS運動に加担していると非難。彼女はこれをきっぱりと否定し「私は暴力と腐敗、不公平、権力の乱用と対決しなければならない」と一歩も引かぬ構えだ。

 ほれぼれするほど潔く、勇気ある発言である。学生時代の02年、ポートマンさんは学内紙「ハーバード・クリムゾン」に寄稿し、イスラエル人であれパレスチナ人であれ「我々はあらゆる暴力を恥じ、すべての子供の死を自分の子供の死のように悼むべきだ」と説いた。

 一貫した姿勢に反省させられる。私がイスラエル占領下のパレスチナ人を見てショックを受けたのは30年前。あれから自分は何をしてきたのか。不条理と人道危機を直視することに疲れ、目を伏せてやり過ごす姑息(こそく)な知恵を身につけただけなのかと。今年はイスラエルの建国70年。パレスチナ人の独立は見えない。(専門編集委員)


つくづく"民族"の名のもとに政治的・経済的に操作される画策に暗澹たる思いと無力感を抱くジャーナリストのみならず、もちろん一般市民たる私はその事実にさえ関心が薄いのが情けないですが、ナタリー・ポートマンのこの姿勢の潔さというか一貫性に思わず背筋伸ばしました。
彼女のような強さの陰には傷つきやすい繊細さが隠されているように感じそれを案じるのですが、世界にこのように覚悟の発言をする人がいるから、私のような軟弱者はおおいに勇気づけられます。

ワンダー・ウーマン役のガル・ガドットがガザ地区へのイスラエル軍の攻撃を支持していることを表明しているとを知った時にも驚きましたが
https://news.yahoo.co.jp/byline/shivarei/20170826-00074988/
またしても人間存在の危うさに惑う今日この頃。。。

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