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一人ひとりが思いを、あるときは共有し、あるときは自由にたゆたう。。そんな場所をめざして 

2014年

08月16日

(土曜日)

8月

6日、9日、そして15日
8月は思いが乱れる重い月です。あの人の言動にふだんより敏感になります。
その思いを浜矩子さんが代弁してくれています。

危機の真相:愛国と反戦、国民と国家 この二つの重要な関係=浜矩子
毎日新聞 2014年08月16日 東京朝刊
 13日付の本紙から二つの示唆を得た。
 示唆その1は、筆者が日々チェックしている「仲畑流万能川柳」欄の中にあった。当日の入選投稿の中の次の一句だ。「愛国心あるからこその反戦さ」、おお、素晴らしい。これをサラッといえる感受性は何とも爽やかだ。

 その通りだ。真の愛国心は好戦性とは無縁だ。積極的平和主義などという言葉が使われる昨今だ。使っているご本人はこの言い方を盾に集団的自衛権の行使容認をごり押ししようとする。だが、反戦をもたらす愛国心こそが、真の積極的平和主義だ。不戦を誓う日本国憲法の中にこそ、真の愛国があり、最も積極的な平和主義が貫かれている。

 万能川柳の選者と投句者のセンスがある限り、日本の民主主義は安泰だ。斜にかまえつつ、しかしながら正面切って、ユーモアあふれながら、真剣そのものな目で、世の中を見つめる。この感性が頼もしい。しばしば、底抜けにばかばかしい句も登場する。それがまた、いと、楽しからずや。笑いは、忍び寄る邪悪さに対する至高の解毒剤だ。

 愛国的反戦主義者の投句を発見して、もう一人の人物のもう一つの言葉が頭に浮かんだ。「愛国心だけでは不十分だ。私は私の心の中に一切、憎しみを抱いてはいけない」。イギリス人看護師、イーディス・キャベル(1865〜1915)の言葉だ。彼女は、第一次大戦時に最前線で看護に従事した。敵味方の分け隔てなく、多くの命を救った。そして、ついにドイツ軍に銃殺処刑されてしまった。だが、彼女の助命を求める声は世界中から湧き上がった。

 自分の魂から憎しみを追放できてこそ、真の愛国者になれる。憎しみを内に抱いた愛国心がぶつかり合えば、そこには殺し合いが発生する。反戦の決意に裏打ちされていればこそ、愛国心と愛国心はぶつかり合うことがない。

 本紙から得た示唆その2は、「水説」(中村秀明論説副委員長)の中にあった。万能川柳欄からの示唆に感動しながら目を上げると、その上の段にこの論考があった。

 「『民』はどこへ」がそのタイトルだった。広島と長崎の原爆の日に際して、安倍晋三首相が行ったあいさつについて、二つの問題を指摘していた。第一は、冒頭部分が昨年のものとほとんど同じだったこと。第二の問題は、広島でも長崎でも、昨年と大きく変わった箇所があったことだ。

 第1点も実にひどい。何たる被爆者軽視。何たる見識の欠如。何たる不心得。

 第2点はそれにも増して衝撃的だった。昨年は「私たち日本人は、唯一の、戦争被爆国民であります」となっていたくだりが、今年は「人類史上唯一の戦争被爆国として、核兵器の惨禍を体験した我が国には」となっている。日本人という国民が姿を消して、国家が前面に出た。

 由々しき問題だと思う。国民国家において、国家は国民のために働く装置だ。主体はあくまでも国民だ。かりそめにも、国家のために国民がいるなどと考えてはならない。

 ところが、原爆の日の式典という最大級に厳粛な場面で、首相のあいさつの中から国民が追い出された。代わって、国家が主体の座に座った。これは実に恐ろしいことだ。こんなことは、国民国家の政策責任者においてルール違反なのではないか。首相は「水説」への反論をフェイスブックに掲載した。「『被爆したのは日本人だけではない』との指摘があり、『被爆国』とした」と説明するが、それならば外国人被爆者への思いを付け加えればよい。国民の言葉を消す必要はない。

 ジョン・F・ケネディ米大統領の有名な言葉に「祖国があなたのために何をしてくれるかを問うなかれ。あなたが祖国のために何ができるかを問うべし」というのがある。ケネディ名句の筆頭格に数えられている。だが、筆者はこれがどうも引っかかる。やっぱりこれは違うと思う。国民には、国家が自分のために何をしてくれるかを、常に問いかけ続ける当然の権利がある。

 「祖国」というから、思わずハートをわしづかみにされてしまう。この場合の「祖国」の原語は「カントリー」(country)だ。「ふるさと」とか「いなか」のニュアンスがある。「お国自慢」などという時のお国は「カントリー」だ。

 ケネディ氏が国民国家における国家を意味する「ステート」(state)という言葉を使っていたら、どうだっただろう。「ステートがあなたのために何をしてくれるかを問うなかれ。あなたがステートのために何ができるかを問うべし」といわれても、誰も胸を高鳴らせはしなかったに違いない。それどころか「何を言っているのか」と大顰蹙(ひんしゅく)を買ったに違いない。

 愛国とは、国民が国家に奉仕することを意味しない。愛国は反戦の誓いだ。その誓いの主体は、あくまでも国民だ。反戦平和の決意を新たにすべきこの季節に、本紙から貴重な二つのメッセージを得た。


国家=自分、のあの人は、世襲制の彼の国のあの人と同じタイプとしか思えない・・・

最近この本を読んでいたく揺さぶられました。「本泥棒」The Book Thief
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映画化されていて見たかったのに見逃していたのですが、Kさんが旧ユーゴスラビアに旅する機内で見たと聞いて、あらためて手に取って読みました。死神が心を痛めるほどの物語。。。

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DVD化されています。この夏必見です!

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