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2014年

03月28日

(金曜日)

長女たち

篠田節子の新著「長女たち」

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週刊文春書評
msn産経ニュース書評

出版元の新潮社広報誌の「波」3月号「長女たち」刊行記念特集に
篠田節子のインタビュー記事「家族愛という名の地獄」と
蔦屋書店員間室道子さんの寄稿「長女たちは悲鳴をあげ、再生の道を探す」
が掲載されています。

間室さんの文章に動かされました。
怖い小説ながら、読後に満足感がある。不快で嫌で読むに堪えない話ではない。なぜなら、これは文学だからだ。
「現実はもっと悲惨だ」とか「ほんとうの介護はこんなもんじゃない」という人もいるだろう。でもたとえばここのところ、いとうせいこう氏の『想像ラジオ』、平野啓一郎氏の『空白を満たしなさい』など、ポスト3・11文学」と言われる作品が登場している。未曾有のできごとのさなかで立ち上がろうとする人々が描かれているのだが、評するとき「実際の3・11のほうが悲惨だ」という言い方はあたらないだろう。それと同じで、介護や老後、親の死の苦しみや絶望感を、とにかく人に読ませるものに昇華する。それが文学だ。いま実際に介護をしている、していないに関係なく、ページをめくることが気持ちを前進させ、明日も生きていこうと思う。それが読書だ。その真骨頂のような一冊。


私は、登場する3人の“長女”に途中までは同行できるけれど、結末には納得いかない気も。篠田節子の巧みなストーリーや綿密な調査に基づいた世界にいつも魅せられますが、その“冷静”に構築された結末?にカタルシスをおぼえると同時に感情が宙ぶらりんになってしまうことがあります。今回も、深刻なテーマなのに“やられた”と思ってしまう自分の軽さが恥ずかしいですが、まんまと篠田節子にしてやられたってことでしょうね。

“娘たち”と母親の葛藤を描いている小説は多いでしょうが、具体的な介護・老後の厳しい現実をリアルに暴いているものは、これから増えてくるでしょうね・・・

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