SpaceFわひね(wahine) 

一人ひとりが思いを、あるときは共有し、あるときは自由にたゆたう。。そんな場所をめざして 

2012年

12月22日

(土曜日)

映像メディアとジェンダー

すっかりご報告が遅くなってしまいました。

12月8日(土)の午後、
千葉市男女共同参画センターまつりで4団体共催で
「☆ガールズトーク☆映像メディアとジェンダー」
メディアに振り回されない“女子力”アップ! を
実施しました。
参加してくださった方々ありがとうございました。

今回は2部構成
☆前半は映像メディアとジェンダー
深澤純子さん(ヒューマンサービスセンター事務局長・女の空間NPO理事)の
解説とおしゃべり。
視覚的おもちゃを素材にしたドキュメント・フィルムを見て
「映像がつくられるとき、見ているのは誰か、見られているのは誰か」を意識する。
視覚的快楽を追求する視覚イメージを作り出す技術を手に入れ、
管理、操作(control)できる立場にいるのは
「西洋/白人/男性」であったという歴史を振り返る。
  *映像史を振り返って明らかになる明らかになる「見る/見られる」
 「撮る/撮られる」関係が現代でも続いていることを知り、
 “偉大な”作家の作品もジェンダー視点で見ると女性が“モノ”化されていて
  心地よくないと参加者の多くが感じた。

☆後半は写真家石内都の撮影現場ドキュメンタリー上映
 *前半の映像と対比すると、被写体がモノであっても対等に向き合う姿勢で
 撮影している様子がよくわかった。
  *前半で感じた怒りや居心地の悪さが払拭される機会となった。

                      (まつり報告書より)
DSCN2286.jpg     

映像に限らず絵画・文学にとどまらず(もちろんアートのみならず)これまでも現在もまだまだ女性がコントロールされる立場に置かれていることが多く、見られるモノとして作られたモノをさらに見せられる・・・そうと気づかないまま大量に消費される見られるモノとして商品化・一般化されていく。
誰かを直接的に支配する欲求はゼロの非Mですが(タブン?)周囲の誰か・何かをモノ化しようとか貶めようとするサガはあると自覚はあります、だって~

といいつつ無節操に見ている自分がいて・・・この企画のレポートを書くのが遅くなったのは、揺れているからかもしれません。
このテーマについて考えるたびに、常に自分に還ってくる困惑する気分の根っこには、アヴァンギャルドなモノを見ることが楽しいといっても、所詮は既成の“美意識”に囚われていてそこから脱しきれず卑怯だなという罪悪感?があるからかも。アート好きといいながら数年前までず~っと女性作家が置かれていた状況に無頓着だったことを反省しながら、逆に最近は女性作家というだけで底上げして見てしまうジレンマを感じたり、アートには倫理無用とか思ってるしな~。いくら天邪鬼気取っていても、ストレートに作品の力に圧倒される時がまだまだたくさんあって嬉しいことです。(自力で発見できる機会がなかなかもてないので他人様頼みなのが残念・・・自分の“視点”もまた揺らぐし)

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