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SpaceFわひね(wahine) 

一人ひとりが思いを、あるときは共有し、あるときは自由にたゆたう。。そんな場所をめざして 

2018年

10月23日

(火曜日)

今年もセンターまつりでお会いしましょう

今年も千葉市男女共同参画センターまつりに参加します。

まつり2018 (1)

「ヤバい」という、これまでどちらかと言えば否定的に使われていた言葉が、最近どちらともいえない、むしろ両者ひっくるめた意味合いで使われている場面に出会いませんか?

SpaceFわひねのメンバーで続けているワークショップでもなかなか手ごわい「ヤバい」のイメージと格闘しています(笑)

関心を持っていただけたら、ご一緒にワークしませんか?

2018年

10月23日

(火曜日)

10月Short trip 2 後半

押上と言えばスカイツリー、らしい。
混雑は避けるのが基本なので、スカイツリーには足を向けたいとは思わず。

が、その足元にある「すみだ水族館」には興味がある。
以前に当blogでも触れたことがある「ダンスの時間」に、開館当時のすみだ水族館が紹介されていて、水族館のコンセプトが面白いと思ったから。
それにペンギン好き(オタク?)の家族からも話を聞いていたから。

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最近の水族館の流れはよくわからないけれど、海に近く巨大な水槽の中で様々な水生動物の生態が見られるような建築物のイメージがある。すみだ水族館はそれほど規模が大きくないが、ワンフロアを高低差をうまく使ってあり、見ることに飽きないし疲れないし、季節感も楽しめ、次いつ来ようかと思わせてくれる。
メインはペンギンたちか、マゼランペンギン一種だけとはいえ、その見せ方?がうまい。丁度フィーディングタイム「さあ、ゴハン」に出くわした。ここでは彼らに芸を仕込むというスタンスではなく、彼らの生態をのぞかせてもらうことがショータイム?
飼育員は声を掛けて餌をやりながら、全部で20頭以上いる彼らの一人一人(という感覚かも)の餌の好みや満腹度をしっかり把握しているのがわかる。仕掛けも若い飼育員のアイデア満載。

ここのスターは開放型水槽のペンギンだけではなく、あのチンアナゴたち!不思議な彼らはどれだけみていても飽きないし、???が果てしなく湧いてくる。ここでは飼育スタッフに気軽に質問できると聞いていたが、チンアナゴの近くにはスタッフが見当たらず残念。
最近はのんびりと浮いている姿をみて和むクラゲブーム、とも聞いたことがあるが、よく見るとなかなか不思議な生態で、実に興味深くて、和むどころではなかった。

丁度最近出版された「水族館の文化史」を読み始めた。
水族館の文化史

ひと・動物・モノがおりなす魔術的世界、という副題にも心惹かれるじゃありませんか!

2018年

10月23日

(火曜日)

10月Short trip 2

先週は押上駅。

たばこと塩の博物館の「エリザベス・ハンスコレクション  MOLA(モラ)~パナマの先住民クナ族の衣装と意匠~」
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9月29日(土)に開催された
「モラのモチーフはどこにでも〜月と星、船と海の魔物、神話と霊界、チーチャの祭り〜」
宮崎ツヤ子(NHK文化センター講師、モラ研究家)
を聴きに行ったきみかさんが大興奮で話をしてくれた。
渋谷の公園通りに在った「たばこと塩の博物館」が移転して押上に移っていたとは知らなかった!

仕事休みの平日に手芸好きの知人と出かけてびっくり。
開館と同時に入った時は他の入館者はいなかったのに、あれよあれよと大勢の人たちが。。。
そして展示されているパナマのモラの数々。その意匠の豊富なイメージの数々、作り上げる行程の面白さ、見る者に次々と湧き起こる???を解き明かしてくれる展示を見て、さらに???が膨らんで実に愉しい展示だ。

パナマの先住民族、クナ族に伝わり受け継がれたものの一大コレクション、自然界の動植物を様々にデザインしたものは、クナ族が自然の中で生き、いかに動植物を生きる糧としていたか、またその力を畏怖しつつ尊重していたかが伝わってくる。自然の万物の力を自分たちを守る力として身に着けるためのモラ。
女性たちがコツコツチクチクという作業をしながら、語らい笑い泣きしているさまが今も続いているのだろうか。
動植物に宿る霊力、魔力は、今も彼らが信じる限り朽ちることはないと信じられるほどに強いパワーが感じられるモラだ。

2018年

10月23日

(火曜日)

10月Short trip 1

10月の初週は久々に歌舞伎。もちろん幕見席。。。
歌舞伎座10月中村勘三郎七回忌追善。(早くも七回忌とは・・・)
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並ぶのが嫌いな私も幕見席だけは仕方ないので、本を一冊読む覚悟で並ぶ。なんとか夜の部チケットを入手して、さて夕方までの時間をどうしよう。
こんな時、銀座には無料で入れるギャラリーがあちこちにあり嬉しい。
初めはPOLAミュージアム
今回は
SHIMURAbros 「Seeing Is Believing 見ることは信じること」
部屋の壁一面を使った映像が2作品、全く違うコンセプトと思われるけれど、どこか連動しているようで飽きない。

銀座1丁目から次は7丁目の ggg (ギンザ・グラフィック・ギャラリー)で開催中の
「横尾忠則 幻花幻想幻画譚 1974-1975」

横尾忠則
瀬戸内晴美時代(現瀬戸内寂聴)の「幻花」が新聞連載されていた時の挿絵が2015年に兵庫の横尾忠則現代美術館で公開されたものの再展示。なんと自由闊達な挿絵だこと。
当時の新聞読者は、小説の時代設定を超越した挿絵に驚いたことだろうが、物語のエッセンスは時空を超えてリンクしているようにも思えてくる(後付けだけど)
実は、横尾忠則は、途中から小説の進行を無視して?独自の世界観の挿絵を描いていたと、会場の上階で放映されていた2015年の公開時に行われた瀬戸内寂聴と横尾忠則の対談で明かされていた。瀬戸内寂聴と横尾忠則が互いに世界観をぶつけ合って挑発、刺激し合っていたことが、約8cm×14cmの原画から蘇ってくるようだった。

2018年

10月22日

(月曜日)

愛なき世界

図書館に早めに予約していたおかげで、丁度二日休みの時に一気読み。
三浦しをんの初新聞連載小説
「愛なき世界」
愛なき世界


やはり三浦しをん、「愛」と言っても人間同士の惚れたはれたではない。
が、実に物狂おしい「愛」

この小説が発売された同時期、ノーベル医学生理学賞を日本人の本庶さんが受賞して、一番力説していたことは基礎研究の重要性だった。これまでの受賞者もやはり強調していたことだったけれど、今の経済効率主義の日本では益々ないがしろにされている基礎研究。。。
三浦しをんが「ダ・ヴィンチ」で、以前は基礎研究のことをほとんど知らなくて、「ぐるぐる博物館」の取材で「ホヤ」の研究者に
「で、これはいったい何の役に立つんですか」と訊いてしまった、と反省していた。

著者はこの基礎研究がどれほど途方もない作業かということを、主人公の本山が確認して行く工程を自問自答していくように、また、ド素人の藤丸にもなるべくついていけるように平易に解説してくれるので、きわめて大雑把ながら、シロイヌナズナの研究の意味の一端に触れていける(ような気がする)

広い意味でBildungsroman(ビルドゥングスロマン)、成長小説のような感覚で読んでいた。

多様性をうたっていながら逆行している現政権、基礎研究に携わる人々のたゆまぬ努力がきちんと日の目を見ることができますように。
そこかしこに三浦しをんの毒やくすぐりがちりばめられていて楽しい時間が終わるのが寂しかったけれど、いつになく崇高な気分で読了。

2018年

10月22日

(月曜日)

迷惑行為にご注意のほどを。

goo blogで発信している友人から、最近自分のblogも悪質な迷惑行為にあったという知らせをもらいました。

blogのタイトルの一部に手を加えていて、クリックするとエロサイトに飛ぶ設定に変えられている!
見分けるポイントは記事のタイトルのキャッシュが変更されているものには手を出さないことのようです。

例えばこのわひねblogはFC2なのに違うキャッシュで始まっているのは偽blogだということ。

トップページからではなく、検索システムでヒットした記事が全てではないらしいですが、機械的に変更されているらしいので、わひねblogなのにFC2でないものがあったら、開かないようにお願いします。

gooやFC2 ほか大半のブログサイトで被害が多発していて、果敢なブロガーさんたちが対応をしてくれたようです。
https://blog.goo.ne.jp/rekp136/e/d4b8216fd68acc93504002304abcba41

当blogの管理人のようにめんどくさがり屋は嵐が過ぎるのを待つのみで申し訳ない次第。


2018年

10月15日

(月曜日)

太陽の塔を観て

太陽の塔裏の顔-3


映画「太陽の塔」に出演している人が異口同音に、万博の頃は日本人のほとんどが文明の進化を信じて疑っていなかった、というようなことを語っている。
いやいやいや、そんなことはないぞ、と画面に向かって呟いた人は多いはず。
1970年当時高校生だった私は70年安保に一応無関心ではなかったし、大学紛争の余波に揺れる校内でひそかに反体制を気取っていたように思う。とはいえ万博には興味があったので資本主義社会の砦といえる万博会場を敵情視察?のつもり、という口実をつけて、夏休みに友人と出かけた。
が、生来行列に並ぶ根性はもとよりなく、混雑する場所にもあえて近寄らない性分だから、目玉だったらしい「月の石」の展示や人気が高いパビリオンには入らずじまい。ただ人の流れを呆然と見ていたこと、当時珍しかった炭酸飲料の味を体験したこと。会場に点在する各国のパビリオンの異様な光景に、科学がもたらす人類の未来とは無味乾燥なものなんだと思えたことは覚えている。
あの時、太陽の塔への岡本太郎が込めたメッセージを知っていたら並んでいただろうと思うと残念だけれど、当時の自分に理解できたはずもないか。。。岡本太郎の両親の方に関心があったが、当時の岡本太郎の真価?をわからなかったし暑苦しいオッサンとして揶揄していたような・・・

私はあまり過去のことを思い出さない(思い出せない?)
先の事を妄想する方が、済んでしまったことを悔やむより、気が楽だと思うノー天気な性分だろう。
しかし歳を取ると直近の事は忘れて、昔のことばかり思い出すようになると聞く(記憶を少し編集して)。
だから、自分の万博の記憶もまた別バージョンかもしれないが。

2018年

10月13日

(土曜日)

太陽の塔

「太陽の塔」
http://taiyo-no-to-movie.jp/

この映画が目指す方向性が、公募で選ばれた監督のプレゼンテーションに端的に表されていると思う。

関根光才は、「太陽の塔を通して日本人とアートとの関わり方を描きたい」「太陽の塔を通して今ある状況、これからの日本を考えるきっかけにしたい。それが太陽の塔なんじゃないかと思う」と、プレゼンテーション用の資料も映像も何も持たずに、身ひとつで現れて、落ち着いた口調で話した。

映画の冒頭、いつの時代か、どこの惑星か、地球上のどこか、時代も場所もわからないところに、足元が地中に埋まった太陽の塔が見える。それを見つめる石器時代の人間にも思える少女。
それは「2001年宇宙の旅」のモノリスのようにも見え、また「猿の惑星」の自由の女神が象徴したもののようでもある。
そこで、観客は、この作品の明確な意志、メッセージを受け取る。

予告編から予想していたものは、知識人と呼ばれる人々の岡本太郎論や現代文明批評的なことが繰り出されるのだろうという事だった。
それも当然あるけれど、現代文明論を他人事のように語ることは許されず、岡本太郎や太陽の塔から触発されて彼らは否応なく、高みから語るのではなく、自分に問いかけていくことになる。
次々に湧きおこる現代の自分たちが抱える状況、70年代に語られていた「進歩と調和」、科学が万能と喧伝された時代がもたらした現代の疲弊から目をそらし続ける私たちのことに向き合わされる。
岡本太郎の作品という枠を超えて、チベットの曼荼羅や仏教の世界観、南方熊楠の生命論、縄文やアイヌの伝承、科学や民族を超えた神話、負の遺産となった原子力、などなど、その大きな広がりと、収斂されていく岡本太郎のメッセージ。

どうしても学者たちは分析して解説して謎を解き明かす、という方向になって何らかの答えを導き出したいのだろうけれど、どれも的を得ているようであってもそこに収まるものではないことは重々承知なんだろう。
私の中に投げられた礫はこれからどのように収まるのか砕けるのか・・・

ちなみに「20世紀少年]
は大阪万博をモチーフにしているが、キーワードの"ともだち"が顔を隠しているマスクに描かれていた目は岡本太郎の眼だと知っていたものの、これほど重要な意味があったのかと、あらためて読み返したくなった。

2018年

10月12日

(金曜日)

ののはな通信

三浦しをん、やはり期待は裏切られなかった!

ののはな通信

出版社のコピー「最高に甘美で残酷な女子大河小説の最高峰。三浦しをん、小説最新作。」
が確かに的を得ている。

私が好きな中村うさぎや角田光代も女子高出身、そして三浦しをんもか。。。

ずっと共学の学生時代を送った者としては、全く知らない世界で、秘密の花園的なイメージを勝手に想像しているのかもしれないが、だから二人の高校生時代の、ある意味過激な思い入れの強さに腰を引きながら、しかし未知の残酷な甘さを堪能。

そして20年後の後半は、ローカルとグローバルが錯綜して、三浦しをんの調査力、想像力に翻弄される楽しさを味わうことになる。
ここまで時代とリンクしているとは。

この作品は6年間連載されていたらしいが、その間博物館シリーズを始めとするレポート的なエッセイが単発でポツポツと刊行されていたので、三浦しをん欠乏症に陥らずにすんでいたものの、満を持しての長編、感服。

2018年

10月11日

(木曜日)

「カメラを止めるな」

数か月前から一部で超面白いと評判の「カメラを止めるな」をようやく見た。
カメラを止めるな


好きだなぁ、全てを逆手に取った、でも居直らず、やり切った!感だけで、暑苦しいほどの熱容量。

この映画の前に見た「プーと大人になった僕」がディズニー映画らしく完成度が高くて、それなりに印象深い映画だったから、「カメラを止めるな」のバランス悪さが懐かしくもワクワクした。

前半は「大丈夫か~?」と少し半信半疑、後半は一気にテンション上がり顔がほぐれっぱなし!
結局、私はやはり趣味に走る映画に完成度の高さを求めちゃいないんだ!
ましてや人生の深遠さや感動なんかいらんです。どれだけひっくり返してくれるか、そこなんだなぁ。。。

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