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SpaceFわひね(wahine) 

一人ひとりが思いを、あるときは共有し、あるときは自由にたゆたう。。そんな場所をめざして 

2018年

09月26日

(水曜日)

「『罪と罰』を読まない」

ダ・ヴィンチの三浦しをん特集を読んで知った「『罪と罰』を読まない」

罪と罰を読まない

三浦しをん・岸本佐知子・吉田篤弘・吉田浩美 という、私にはピンポイントな面々。
私としては、この四人が揃ってああだこうだと話し合っている部屋の隅っこで聴いていたかったぞ!
(実際にその場に居合わせたら、バカ笑い爆笑連発して大迷惑、早々に追い出されたでしょうが)

「罪と罰」を、私は高校生の頃読みかけたことがある。
読書会という集まりに参加したこともある。どちらも挫折。
当方の趣味にそぐわず、などとエラソウな理由ではない。
つまるところ読解力の無さを自覚するばかりで、
加えて天邪鬼で見栄っ張りで、卑屈な己に向き合うこともヤなわけで。。。意欲喪失という情けなさ。

恥も外聞も気にしない厚顔無恥街道を突き進む今なら、畏れることなく手にとってみてもいいか、
と思わせてくれる四人の妄想炸裂の書でした。
この本で「罪と罰」の、大作たるゆえんも伝わるし、ドストさんの先駆性もわかるし、
さらに、本編の魅力が存分に、(読まずとも)分かってきます。
ドストさん好きの人にはどう受け止められるか、若干懸念はあるものの
真の理解者なら、彼らに生まれたドストさん愛がしっかり伝わることでしょう!?

ドストさんの大書を読破するには、獄につながれた時が一番適しているとか。
かの大杉栄も、近年のホリエモンも獄中に大量に読書したと聞きますものね。。。
PCもスマホもテレビも遮断して過ごすのもいいか。。。

2018年

09月26日

(水曜日)

判決 ふたつの希望

判決


見終わった後、ゆっくり肩から力が抜けて行く。
予想よりも結末に希望が見えたように感じられたから。
これは、毎日新聞の「藤原帰一の映画愛」の映画評の最後で書かれていたように

「ストーリーが上手(うま)く進みすぎるので、思いのほか簡単に望ましい未来に手が届いてしまった印象は残ります。でも、現実があまりに不幸だからこそ、映画の画面には希望を残したい。都合の良いお話は、ドゥエイリ監督が接する絶望的な現実の裏返しなのかもしれません。」

最近見た法廷劇映画、「女は二度決断する」、「女神の見えざる手」、「否定と肯定」などは、観客は主人公に肩入れして展開に入り込むけれど、この映画ではそういかない。
日本では、中東でのパレスチナ問題、特に難民問題をめぐってヨーロッパ各国の右傾化する政治情勢などのニュースを知ってはいても、身近にはほとんど感じずに日々の暮らしを送っていける私、だからこの当事者二人にとって裁判の行方がどうなることが望ましいのか、二人の問題が当事者の思惑を置き去りにして、日頃から鬱屈していた周囲の憎悪を誘発し拡散させていく人々をどうすれば収束できるのか、どちらの思いにも理解できると同時に「なんでそんなに頑迷なんだ」と思ってしまう。

この映画の監督インタビュー記事「謝らなかったばかりに住民対立 映画「判決、ふたつの希望」 レバノン出身、ジアド・ドゥエイリ監督」を読んで、アラブの人々の気質を多少知って、"多様性"を重んじるならば、「互いの違いを知ることから始まる」ということ、"やつら"と"われわれ"という対立ではなく、"わたし"と"あなた"という個人のレベルで互いを知ると、「なんだ、アイツもオレと同じじゃないか」と気がつくことの積み重ねから、差別や偏見を超えていける、あらためてそうありたいという思いを強くした。

2018年

09月21日

(金曜日)

秋田に鴻池朋子展を見に行った!

鴻池朋子「ハンターギャザラー」
鴻池朋子展1


そろそろ一人旅したいと思って、例によって安いチケットを探したものの、身の丈に見合う低料金チケットが自分の休みとうまく合わず、マイルのポイントで行ける国内で探すうちに、なんと鴻池朋子の新作を含めた大きな個展が開かれていることを知りました。
これは行くしかない!

事前調査もそこそこにとりあえず宿泊場所と便を予約。また行き当たりばったりの旅。今回は、秋田と東京を行ったり来たりのお仕事に就かれている方と最近お近づきになったので、図々しく一人呑みできる美味しい店も紹介してもらって、さらに楽しみ倍増。

もうちょっと情報収集していれば、日程をずらせば秋田県立・市立美術館共催で千住博の高野山金剛峯寺襖絵展や、秋田のワインフェスにも参加できたのに。。。

ともあれ鴻池朋子展は、これを見るために全国から来館者が訪れているという、さもありなん。
朝一で行ったのでしばし独り占めできた空間で、身震いが止まりませんでした。

展示会場の入り口にまず大きな皮緞帳!とてもスマホのカメラに収まる大きさではない。というか写真に撮ってもこれは意味がない、この圧倒的なものを、"記念"にしたところで何を自分は手元に残せるのか、遺したいのか。

「ドリーム ハンティング グラウンド」を目の前にした時、一体どういうことなんだ!と混乱する。
"害獣駆除"と言う名のハンティングで、殺傷されたキツネ、クマ、シカ、イノシシなどを買い取り、鞣した皮や毛皮を使用していると知ったところで、気が休まろうはずもない。1年間これ以上の多くの生きものが、人間に害を及ぼすからと殺傷されているのか・・・
ぞわぞわ、ざわざわ
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そうして"作品"の中を歩いていると、己が命をもった"生きもの"であるかどうか不安にもなってくる。自分と"害獣"たちと違いはあるのか?そもそも生きものなのか?生きているのか?

会場のどこかから時折聞こえてくる歌のような語りのような声は何だろう・・・

その正体は一つの部屋で映し出されていた映像の中の作者の体から生まれたもの。

原初的な山々を歩き、雪が降りしきる木々の中に穴を掘って横たわって雪に埋められていき、誰一人いない川を小舟を濃いで流れていき、腹の奥底から湧きだす声で"唄う"鴻池さん。
石器時代の人間もこういう風に、誰かに、何かに、呼びかけていたのだろうか。

作者はさまざまなジャンルを通してわたしたちに問いかけている。オフィシャルサイトにたくさんの画像がアップされているのでご覧ください。
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秋田県立近代美術館は大江戸博物館に似たデカい箱もので、たじろぎますが、このデカさに優る鴻池朋子展。開催期間中、東北へ行かれる方はぜひ!
生きもの臭はしないはずだけど、感じる気がするので、敏感な人には厳しいか・・・

2018年

09月15日

(土曜日)

ケチの大好物

「もはや"日記"とは言えない」と本人も言っている、三浦しをんのblog「ビロウな話で恐縮です日記」をチェックしたら、なんと、ダヴィンチで三浦しをん特集!とな!!
しかも二大特集のもう一つは安田顕!!
201810ダヴィンチ

どちらも大好物ですわ~これは本をこれ以上増やさないという命題と日夜葛藤する私(単にケチなだけだ)も本屋に行きました。

最近の著書「ののはな通信」
ののはな通信
  
「愛なき世界」
愛なき世界

どちらも未読ながら高まる期待!
10月から「風が強く吹いている」のアニメ版も放映されるとか
風が強く吹いている

秋が近づいて、三浦しをんに浸ります。

あ、安田顕の新作
「愛しのアイリーン」も見ねば‼
愛しのアイリーン
身も蓋もない、ラヴ&ヴァイオレンス?

2018年

09月08日

(土曜日)

ある女の子のための犬のお話

表紙の絵に惹かれて手に取った。
ちょっと不穏な雰囲気ながら、決然とした意志をもっているような女の子の視線の先に何が見えているのだろう。
決して楽しい夢見心地のような景色ではないようだ。。。

犬のお話


いやいやいや、100ページほどの、子どもにも読めるような大きな活字でフリガナもついている装丁に不意を突かれた!
子どもに"犬"の話を、とくれば、人間の友というスタンスで描かれたほのぼのとしたものか?という予測は、表紙を見る限りないのではと思ってはいたけれど。

大人より賢明で真実をストレートに見抜く子どもには、この物語の一編々々に書かれた静かな意味が見事に伝わるのでしょう。イタリアの子どもたちに愛され、ある小学校では図書室の貸し出しNo.1だとか。
訳者あとがきにあるように
「子どもたちは親の教えたがるきれいごと、夢物語ではなく、恐ろしく、天地がひっくり返るような物語が好きだ」から。

この物語ののっけから、私が己の傲慢さに向き合わされたのは飼い犬の"安楽死"についての話。
不治の病により死に至る時、苦痛から逃れさせ、長い苦しみから解放するための、安楽死。それは、苦しむ相手を見ることに耐えられない周囲の者の身勝手であって、自分の瀕死の苦しみを味わう権利が、人間と同じように犬にもあるのだと作者はいう。
友だち、生涯の伴侶としての動物の命に介入することは残酷な不当行為で、「こうするのが彼(彼女)のためにいいのだ」という偽善的な口実だと。

私はとても弱い人間なので、もし拷問に掛けられたらすぐに降参すると思う(ただ痛みに鈍感なので意外に持ちこたえるかもしれないが)。だから自分が病の苦痛にさらされることになったら、「苦しみを味わう権利」など主張しないかもしれない。だけど、それを選択するのは己自身でありたいと思う。

イタリア人作家のダーチャ・マライーニは、
「これまで男性の視点で不当にゆがめられたり曲解されてきた史実や女性たちについて、女性の視点でみなおす作品を多く書き、忘却の淵に追い込まれたり、存在したのに、あたかも存在しなかったかのように無視されたりしてきた女性作家などに光をあててきた。いわば歴史のみなおし、男性の書き手による文学作品の読みなおしである。この犬たちの物語もその系列にあり、作者は犬たちに貼りつけられてきたレッテルを剥がし、人間たちが勝手につくりだした「犬像」の読みなおしをする。とはいえそれは作者の独断ではなく、犬たちとの長年の生活で得たものであり、それゆえ、どうしようもない「真実の恐ろしい顔」が浮き上がるのである。
(訳者望月紀子あとがきより)

人生の終焉の時、自分の意志がどのような状態かわからないけれど、この物語から得られたこの感情を思い続けていられたら、大丈夫だと思えて、少し安心できる。

2018年

09月05日

(水曜日)

アリーテ姫の冒険 復刊!

「アリーテ姫の冒険」という児童書を子存知だろうか?
アリーテ姫
30年ほど前に発刊されて、現在は品切れ絶版となっているそうな。

30年後の今、昔ながらの"お姫さま"は影を潜めて、自立心に富んだ活発な姫も随分見受けられるようになってきたとはいえ、"お姫さまが象徴すの固定観念はいまだに生き延びていているようです。

もう一度この本を現代の子どもたちに届けたいと立ち上がった人たちのプロジェクト。
「アリーテ姫の冒険」再びプロジェクト

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