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SpaceFわひね(wahine) 

一人ひとりが思いを、あるときは共有し、あるときは自由にたゆたう。。そんな場所をめざして 

2018年

05月26日

(土曜日)

おっさんずラブ

仲間内や職場で話題になっている「おっさんずラブ」
おっさんずラブ

今日の毎日新聞夕刊のトップに載っていてびっくり!嬉し!!
https://mainichi.jp/articles/20180526/dde/001/200/049000c

ピュアな「おっさんずラブ」 テレ朝系ドラマ、高い「視聴熱」 男性同士の恋愛、王道路線で
毎日新聞2018年5月26日 東京夕刊
 男同士の恋愛を描いたテレビ朝日系ドラマ「おっさんずラブ」(土曜午後11時15分)が話題になっている。深夜番組のため視聴率(関東地区・ビデオリサーチ調べ)は1桁台と高くはないが、放送直後にはソーシャル・ネットワーキング・サービス(SNS)上で関連の話題が急増。見逃し番組の動画配信サービス「TVer(ティーバー)」の再生回数は各局の看板ドラマを押しのけ、常に上位に位置する。何が視聴者を引き付けているのだろうか。【井上知大】

 ドラマは、女性にモテない不動産会社勤務の33歳、春田創一(田中圭さん)が主人公。ある日、尊敬する上司で既婚者の黒澤武蔵部長(吉田鋼太郎さん)と、会社の後輩、牧凌太(林遣都さん)から愛の告白を受ける。人として好きなだけに、困惑する春田の姿を軸に描くラブコメディーだ。

 ネット上では、せつない恋模様に「キュンキュンした」などとの反響がある一方、黒澤部長の行為は「一歩間違えば、パワハラ? セクハラ?」と議論も盛り上がる。テレビ情報誌「ザテレビジョン」がSNSの反響などを独自集計しサイトで公表している視聴者の「視聴熱」では、現在放送、配信中の全ドラマを対象にした週間ランキングで5月第2、3週と連続でトップを獲得した。深夜ドラマとしては異例の反響だ。

 今年は「女子的生活」(NHK総合)など、同性愛や性的少数者(LGBTなど)をテーマに据えたドラマが増えているが、テレビ批評家の吉田潮(うしお)さん(46)は「『おっさんずラブ』はLGBTを大きく掲げたり、権利を主張したりするわけではないところが新しい」と指摘。「美男美女による恋愛ドラマが飽きられている中、“おっさん”たちの片思いのせつなさをピュアに描き、視聴者は見ているうちに性別をすっかり忘れている」と語る。

 ドラマを手がける貴島彩理(さり)プロデューサー(28)も「偏見をなくそうとか、そういう大きなメッセージからスタートしていない」と明かす。未婚化が進む現代の恋愛ドラマを作りたいと思っていた時、「もし理想的な相手が同性で現れたらどうなんだろう」と発想したのが制作のきっかけだったという。

 LGBTの話題が注目度を増していることは認識していた。「ドラマで誰かが傷ついてほしくない。あえて王道の恋愛ドラマと同じ作り方をすることが当事者に対して真摯(しんし)だと思った。私は(フジテレビの)『月9』のつもりでやっています」と貴島プロデューサー。吉田潮さんは「テーマやスパイスではなく、当たり前にLGBTの人がドラマに登場するようなノーマライゼーションこそが理想。このドラマは、みんな同じ人間で『人を好きになる気持ち』は一緒ということを体現している」と話す。

2018年

05月19日

(土曜日)

香山リカと北原みのりの対談本

「フェミニストとオタクはなぜ相性が悪いのか」
フェミニストとオタクは


 香山リカと北原みのりの対談集。各項目で、私が"なんとなく腑に落ちない"と感じていたことを整理してもらえスッキリするところ大なのですが、厄介なことに、問題の根本や解決策が一気に開けるわけでもなく、さらに悶々としていくことになるわけです。。。

 私自身は物事の本質を深く掘り下げて探求することが不得手なので、これまで論客と言われる人たちの発言や文章を読んではぼんやりと理解したつもりでも、言葉を記号化して受け取っているだけかもしれないという危惧の念は常々抱いておりまして。
なので、この二人の対談を読んで、自分の理解度を測る手立てにできるかも、と虫の良いことを思いながら読みました。
 自分はフェミニスト北原とオタク(&リベラリスト)香山のどちらに近いかと言えば、年齢も好みも近い香山派かもしれない。香山リカのあとがきにも頷く点が多々ありました。
 
 最近は、時に研究室や診察室から外へ出てヘイトスピーチと戦う医師香山リカ、そして反対勢力が強くなっている慰安婦問題に毅然と戦う北原みのり、二人が安全に脅かされながらも、このややこしい「性の商品化」と「表現の自由」を再考してくれたことに拍手とエールを送ります。(何の力もないけれど)

2018年

05月14日

(月曜日)

スクエア

「PC(political correctness)」、「包摂」、「寛容」、「多様性」、「共生」

これらの言葉の正当性を疑う者は、人間性を疑われる・・・現代社会の特に一定の知識階層では当然のことだろう・・・
であるのに、この言葉がお題目のように高く掲げられて、いたるところで矛盾を深めているのが現実か。

そんなことを突き付けられるのがこの映画
「スクエア」
スクエア

ジャンルとしてはコメディという事らしい。確かに前半では、私は少ない観客の中で一人で笑っていた。実にシニカルで皮肉が効いていて自虐的な笑い。
しかし、主人公のクリスチャンの行動はおためごかしだらけで、自意識やプライドのかたまりだということが見えてくると同時に、それだけでなく、監督がクリスチャンを通して、見る者の欺瞞を突いてくる。
私自身のあやふやさが徐々に強まってくるのが後半の数々のエピソード。

何度かEU諸国に旅してきたが、年々街中で見かけるホームレスの人が増えている気がする。この映画の撮影地のストックホルムにもいたるところにいるようだ。まるで映画の陰の主役のように。。。
クリスチャンが出会う一人のホームレスの女性は彼の"好意"のサンドウィッチに{玉ねぎ抜きでね」と要求する。このシーンで私は「えっ?ちょっと・・・」と思った。多分クリスチャンも。
で、彼はサンドウィッチを彼女に渡した後「玉ねぎは自分で抜けよ」という台詞を吐く。その時私は「だよね」と思い、ハッとする、自分の驕りに。ホームレスの女性が図々しいと思った私は何様なんだ?
そしてホームレスの女性の姿勢に初めて思いをいたす。
クリスチャンがあまり考えずに起こした行動が様々な事を引き起こすエピソードのどれもが、世間でエリートと呼ばれる階層の人々だけでなく、似非中間層の日本人の一人かもと自認する私に、「どうなんだ、あんたの倫理観は」と突いてくる。。。

自分のスクエアの中だけでも倫理を保つことができるのか・・・

蛇足
クリスチャンは、ホームレスの人たちの「小銭でもいいからお願いします」との要求に、応える言葉は「自分は現金を持ってないんだ」
スウェーデンでは現金を扱わない銀行もあるとか。カードやスマホ決済からさらに自分の手にチップを埋めてカードやスマホすら持ち歩かない人も増えているとか?!
ああああああああ!

2018年

05月05日

(土曜日)

ナタリー・ポートマンの姿勢

先日「女は二度決断する」のところで人間の存在意義について戸惑っている、てなことを書いた後、こんなコラムを読みました。

毎日新聞 布施広の地球儀 「オスカー女優の乱」
毎日新聞2018年5月4日 東京朝刊

ナタリーポートマン

天は時に二物を与えるのである。

 ナタリー・ポートマンさんは映画「ブラック・スワン」でアカデミー主演女優賞を受けた美貌のオスカー女優。超名門の米ハーバード大で心理学を修めた秀才でもある。

 3年前、同大の卒業式に招かれた彼女は学生時代、自信喪失に陥ったことを明かし、知識の欠如を認めてそれを自分の「財産」とするよう聴衆に説いた。学究の徒の顔を見せた演説だ。

 エルサレム生まれの彼女が今年、ユダヤ人社会に貢献した人に贈られるイスラエルの「ジェネシス賞」の対象に選ばれたのは異とするに足りない。が、驚いたことに彼女は授賞式への出席を拒んだ。つまり受賞辞退ということらしい。

 本人のインスタグラムによれば、授賞式で同国のネタニヤフ首相と同席して彼を支持していると思われたくないという。ホロコーストを生き延びた親族を持つ彼女は暴力を憎み、「残虐行為に苦しむ人々」を痛めつけるのはユダヤ人の価値観に反すると考えるからだ。

 「残虐行為」とはパレスチナ人に対するイスラエルの強圧策のことだろう。昨年暮れ、米国がエルサレムをイスラエルの首都と認定し、大使館も移す意向を示してからパレスチナ人の抗議行動が高まり、イスラエル側は鎮圧に実弾を使ったとも言われる。

 ここで思い出すのは、2009年にイスラエルの「エルサレム賞」を受けた村上春樹さんの、「卵」と「壁」の隠喩を用いた演説だ。示唆に富む演説は高く評価された。

 他方、ポートマンさんに対し、イスラエル当局は同国に対するボイコット、投資引き揚げ、制裁を呼びかけるBDS運動に加担していると非難。彼女はこれをきっぱりと否定し「私は暴力と腐敗、不公平、権力の乱用と対決しなければならない」と一歩も引かぬ構えだ。

 ほれぼれするほど潔く、勇気ある発言である。学生時代の02年、ポートマンさんは学内紙「ハーバード・クリムゾン」に寄稿し、イスラエル人であれパレスチナ人であれ「我々はあらゆる暴力を恥じ、すべての子供の死を自分の子供の死のように悼むべきだ」と説いた。

 一貫した姿勢に反省させられる。私がイスラエル占領下のパレスチナ人を見てショックを受けたのは30年前。あれから自分は何をしてきたのか。不条理と人道危機を直視することに疲れ、目を伏せてやり過ごす姑息(こそく)な知恵を身につけただけなのかと。今年はイスラエルの建国70年。パレスチナ人の独立は見えない。(専門編集委員)


つくづく"民族"の名のもとに政治的・経済的に操作される画策に暗澹たる思いと無力感を抱くジャーナリストのみならず、もちろん一般市民たる私はその事実にさえ関心が薄いのが情けないですが、ナタリー・ポートマンのこの姿勢の潔さというか一貫性に思わず背筋伸ばしました。
彼女のような強さの陰には傷つきやすい繊細さが隠されているように感じそれを案じるのですが、世界にこのように覚悟の発言をする人がいるから、私のような軟弱者はおおいに勇気づけられます。

ワンダー・ウーマン役のガル・ガドットがガザ地区へのイスラエル軍の攻撃を支持していることを表明しているとを知った時にも驚きましたが
https://news.yahoo.co.jp/byline/shivarei/20170826-00074988/
またしても人間存在の危うさに惑う今日この頃。。。

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