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SpaceFわひね(wahine) 

一人ひとりが思いを、あるときは共有し、あるときは自由にたゆたう。。そんな場所をめざして 

2017年

12月30日

(土曜日)

キャベツ炒めに捧ぐ

ひょんなことから読んだ井上荒野の「キャベツ炒めに捧ぐ」

キャベツ炒めに捧ぐ_


60代女性三人が営む総菜屋「ここ家」、三人とも料理と食べることが大好き。それぞれの人生は酸いも甘いも盛りだくさん。

井上荒野の印象が変わった。こんな心温まる話も書く人なんだ。(ってかそんなに彼女の小説読んでないじゃないか)

私には同級の幼なじみの親友がいる。大昔に、三人で好きな店をやって暮らそうか、てな夢を見てたという記憶を思い出しました。
本屋と喫茶店と食事処だったけか。。。
年齢を重ねることの喜びと寂しさ、年の瀬に、柄にもなくしみじみとして。

言葉の意味を軽くしたり言い換えたりする「かの人」の所為で、きな臭くなってきている日本ですが、なんとかしないとね、という心づもりを忘れず踏ん張りましょう!
来る年に幸あれと願います。皆さまよいお年を。

2017年

12月29日

(金曜日)

ミエ・アート・ラボ

面白いワークショップに参加した女性から教えてもらった面白い画像

talking Twin Babies ! 


大人の会話に訳したものもなかなか笑える。
https://www.youtube.com/watch?v=TPcW75EAXr4

ダダダダダダダ、で会話がなりたってるんだね~動作と発音のニュアンスだけで!?
まだ言葉を獲得していない時なら、人種も国境も超える?
環境がコミュニケーションの要?
色んな大人の思惑を超えているなぁ・・・

彼女が参加した面白いワークショップはこちら。

ミエ・アート・ラボ~ふりかえることの大切さ、効果を学ぶ~

ミエアートラボチラシ表

このワークショップノダンスのファシリテーターのダンスカンパニーのプログラムをみても面白いタイトルですが、実際もかなり楽しかったそうです。
ワークショップに参加すること、ワークショップのファシリをすること、その両方を体験して、その先を問い活かすこと。。。

2017年

12月21日

(木曜日)

バナナフィッシュ

banana fish

今日、職場の漫画仲間が帰り際にこそっと近寄ってきて、何やら重大なニュース(あくまで漫画人にとって)を教えてくれる様子。

「バナナフィッシュが1月からアニメ化されるそうですよ、オバサン達湧いてます!」と。

(何ですと?)

「あのバナナフィッシュ?あのノイタミナで?」

「そうらしい!」

「なんで今頃??」

「作者の何十週年記念とか?」

ほうほうほう?!これは昔からの吉田秋生ファンにとっては必見!

TVアニメ「BANANA FISH」

最近は「海街ダイアリー」でなんだか心温まる漫画のイメージがあって、昔からの愛読者としては複雑なのです。
ダヴィンチでも書かれてたんですね。
「海街diary」の作風はファンにとって衝撃だった? 吉田秋生の過去作品を振り返る">「海街diary」の作風はファンにとって衝撃だった? 吉田秋生の過去作品を振り返る




2017年

12月20日

(水曜日)

ほの暗い永久から出でて 生と死を巡る対話

「ほの暗い永久から出でて 生と死を巡る対話」

ほの暗い永久から出でて 生と死を巡る対話

「精霊の守り人」も最終章、佳境に入っております。

そんな折に、上橋菜穂子の往復書簡集が発刊。

読み始めてみて、先に進むのが少し怖くなっているところです。私はどこへ連れていかれるのか・・・

上橋菜穂子と、彼女が癌を患った母をなんとか助けるべく奮闘する中で偶然に知己を得た、聖路加の気鋭の漢方医、津田篤太郎との対話(書簡のやりとり)です。その"偶然"に"物語"があることにも不思議な力が働いたのか・・・

二人の文章力に引っ張られて、思考を揺さぶられながら読了。

二人の抱くイメージと、私が似たような感触を持つとしても、それは二人洞察のレベルには深さも広さも全く遠く及ばないとはわかっていても、自分が今感じている日々に対する思いがシンクロしているようで、気分が落ち着きました。

「精霊の守り人」が放映されて、視聴者から、この物語の中に、ナユグという、この世と重なり合って存在するもう一つの「目に見えぬ世界」があることを、どういうものか想像できないという声が生まれていくことを目にした上橋菜穂子が大学でのエピソードを挙げていて、それはとても納得のいくものでした。

「私は、十年ほど、大学のゼミで、学生さんたちに『ハリー・ポッター』とル=グウィンの『ゲド戦記』を読んでもらい、様々な角度から議論させてきましたが、『ハリー・ポッター』は読めるけれど、『ゲド戦記』が読めなくて脱落する学生さんが、毎年現れます。

~~主人公ゲドが学んでいく魔法は、世界の均衡に深く関わる、いわば「目に見えぬ」力です。世界がなぜこう在るのか、誰もまだ見出すことができていない何かが、この世にはあるのではないか―そういうことを想像して、はじめて、強い衝撃とともに胸に迫ってくる「魔法」なのです。その魔法の在り方に困惑して、「先生、ル=グウィンって下手だね」と、言った学生さんもいました。

~~目に見えないものを想像するのは本当に難しい。受け手として想像することが難しいだけでなく、目に見えないものは、その存在を伝えることもまた、とてもとても難しい。そして、育ってきた文化が違うと、「想定の箱」も、また変わってくるようです。


まぁとにかく、人間の在りようについてこれまでも色んな人が様々に語りついでいて、腑に落ちたり疑問を投げかけたりしてきたわけですが、二人の思索が巡る言葉はじわじわと響いてくることが多く、以前はほとんど具体的にイメージできなかった"死"について、少しずつ向き合うことが多くなってきた今の時点の私にありがたい方向を示してくれるようでした。

リアルタイムで2017年の今を、地球的に生きとし生けるあらゆる生命体や、人間が生み出して今や人間をコントロールしシステム化するかも知れない人工物AI も含めた視点をもって、"生"に向き合っている二人の話。
冬の長い夜にじっくりと読むと、ほの暗いところに追いやられているような最近の状況に、少し違う視野をもたらしてくれると思います。時間が許せばぜひ。

2017年

12月02日

(土曜日)

戦う姫、働く少女

戦う姫

扉のファンタジックなイラストに思わず手にした一冊。
著者や版元の編集者の狙い通りに引っかかってやりました。

著者が自身のブログで記載しているように

これまで一応「英文学者」としてやってきた私にとって、この本は大きな出発となります。ポピュラーカルチャー論であり、ジェンダー・フェミニズム論でもあるのですが、それ以前にこれは新自由主義論でありポストフォーディズム論です。その点でじつのところ、私の中では、これとは全く違う種類の本である前著『〈田舎と都会〉の系譜学──20世紀イギリスと「文化」の地政学』と問題意識は通底しています。

かなり直近の映画やアニメまでをジェンダー視点で読みといて、刺激的でした。なかなかに学術的な色合いが強いところも多々あって、まっ、論理的分析的考察が述べられているところは、斜め読み・飛ばし読みしてしまいましたが・・・
「新自由主義」と「ポストフォーディズム」というキーワードが何度も何度もしつこく出てくるので、「新自由主義」の意味を自分が的確に捉えているか不安になりつつも、この文脈で使うのはどうよ?!と突っ込みつつ。
ジブリの宮崎駿と高畑勲の作品に登場する姫や少女を対比しているところは、自分が見ていないものも含めて再度見直したい気にもさせられましたし。

何より、著者がポストフェミニズムの時代を意識して、これからの世界に何が必要か、何をもって戦うかという核心に迫ろうとしている熱さが伝わってきて面白く一気読み。

2017年

12月01日

(金曜日)

へぇ?!

今朝、Google chrome を開いたら「誕生日おめでとう!」というメッセージとこんな画像が、記念日仕様のGoogleで・・・
https://www.google.co.jp/logos/doodles/2016/user-birthday-5656109189693440-lawcta.gif

いやぁ、怖いわぁ・・・

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