SpaceFわひね(wahine) 

一人ひとりが思いを、あるときは共有し、あるときは自由にたゆたう。。そんな場所をめざして 

2015年

07月31日

(金曜日)

能町さんと大和さん

最近、職場の同僚と「ヨルタモリ」の話をします。
ゲストによって見たり見なかったりですが、宮沢りえのバーの常連さんとしてレギュラー出演している能町みね子の話で、同僚と盛り上がっています。
ゲストのオジサンたちやタモリの、宮沢りえへのセクハラすれすれ発言に、彼女のダメ出しや突っ込みが絶妙で注目していたら、実は「オカマだけどOLやってます」などの著書がある人だと知り、さらにファンになりました。

深読みかもしれませんが、宮沢りえが、客がふってくるきわどい話や下ネタに乗って盛り上げて楽しんでいるさまは、実は、「わたしこんなに酸いも甘いも噛み分ける女になったの」アピールだとしたら、ちょっと同情したりしておりまして。そこへぼそっと洩らす能町みね子のクールな一言は、オジサンたちの暴走に抑えをかける役割果たしています(あらかじめ設定されているのか)

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そんな彼女の名前を別のシーンで見て、我ながら読書傾向の偏りを感じております。。。

「失職女子。」大和彩著 WAVE出版
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正社員としてバリバリ働いていたが、病気になり失業、次に就職した派遣先でリストラされてからはことごとく採用されず・・・という彼女が失業保険をもらうことができて命がつながるまでの体験が語られています。その中で、彼女が採用試験の面接で、趣味を、無難な読書と応え、好きな作家はと問われ、「桐野夏生、能町みね子、北原みのり・・」と答えたそうです。。。。
面接官からは全くリアクションなしだったとか。受かるわけないな、と自嘲する大和さん。。。。

能町みね子は「オカマだけどOLやってます。」のあとがきにこう書いていて、私としては腑に落ちました。

最近は「性同一性障害」ってことで、ちゃんと(?)市民権をえられるようになりました。もちろん、それは素晴らしいことだと思うし、道を切り開いた先人には感謝してます。
なのに、なんでこの呼び方に抵抗があるかっていうと、言葉のイメージが、ちょっとね・・・。
ドキュメンタリー番組とかだと、必ず「障害に負けずにがんばっている人」「それに対し社会の遅れが・・・」っていう取り上げられ方になっちゃうんですよね。マジメな方からすると、<性同一性障害→世間にまだ認められてない→生きるのがつらい→不幸!>という思考回路があるようで・・・

私、わりと毎日ヘラヘラと楽しくやってるし、苦労がないわけじゃないけど誰にだってそれなりに苦労はあるだろうし、世間と戦っているつもりなんか全然ない。

「がんばってる苦労人」扱いはもういいじゃん、お笑い系のオカマか、オンナ顔負けの美形ニューハーフか、苦労を重ねて世間と戦う性同一性障害か、3つしか選択肢がないなんてイヤですよ。私はそのどれでもないところで、ごくふつうの女子になっちゃいますからね。

まぁ、こんな本出してる時点でふつうの女子じゃないかもね・・・。えへへー。


この本が出てもう9年経っていますが、この間にマツコがブレークして、毒舌吐くキャラが歓迎されているとはいえ、イロモノ的な扱いは依然としてあるようにもみえます。(何せバラエティ番組や情報番組を見ないので及び腰で書いてます、すみません)
彼女は新しいオネエキャラとして消費されるようなヨワッチイ人ではないと思うし、あまりメジャーになっては欲しくないですが、シニカルでかつ熱い話を聞いたり読んだりできる機会が増えますように。

2015年

07月30日

(木曜日)

アドバンスト・スタイル

「アドバンスト・スタイル そのファッションが人生」


”ゴージャス&エレガント”がキーワード NYのOver 60´の女性たち。。おしゃれ好きなマダム達のファッションをとらえ、半ば揶揄気味な映画なのかと警戒しておりましたが、なんのなんの。
 年齢をわざわざ書くのは野暮というものですが、最高年齢は95歳。長年ニューヨーク社交界でファッション・アイコンと言われたゼルダ。93歳のイロナはオレンジに染めた地毛で作ったつけ睫毛がとてもチャーミングな遅咲きの画家。
長年ファッション雑誌の編集者だったジョイスは正統派のブランドに負けないオーラを放ちます。
トイレットペーパーの芯でキラキラブレスレットを作ってみせるリサイクルアートを繰り出す67歳のデブラは、「街に出る時はいつも自転車よ、ファッションを見せびらかせるでしょ!」
ほかにも病気で倒れても、おしゃれするためにリハビリに励む女性や、元ダンサーで往時の体系を保ちながら、尖がったファッションを身に着けることが矜持の女性は80歳でランバンのイメージモデルになる。。。
 半端じゃない彼女たちのファッションには誰もモノ申せません!(日本ではちょっと引かれるか)独創的・パワフルでエネルギッシュでポジティブ。「とことん飾らないと満足できないのよ」という話を聞くと、一種ファッション依存では、と派手さと無縁の私は一瞬突っ込んでみるのですが、思い切りの良さに羨ましさもおぼえてしまいます。。。
彼女たちのファッション観が本来のパワーとの相乗効果で際立ち、表面的なファッションだけでなく、彼女たちの生きてきた物語を想わされます。高齢ゆえ、身体はあちこち故障がちで、愚痴も出たりするのですが、ファッションで気持ちが若返ると身体の不調も軽減されるんですね~
同行の友人は私の友人の中ではゴージャスな雰囲気を持つ人ですが、「負けたわ~これからはもっとカラーを入れよう!」と奮っておりました。

2015年

07月29日

(水曜日)

SEALDs

先日たまたま聴いていたインターFMで、ゲストに SEALDsメンバーの上智大学生柴田万奈さんが出演していました。
彼女が渋谷のデモでスピーチしている姿はあちこちで報道されていて、学生がデモをするという現象は何十年ぶりだろう、と喜ばしく思っていたものです。

帰国子女の彼女は日本に帰ってきた時に、日本の学校生活の中で、政治を語ったり議論したりすることが全くなかったことに閉塞感を覚えて、SEALDsの前身であるSASPL(特定秘密保護法に反対する学生有志の会に参加して息を吹き返すことができたそうです。

この動きがさらに増幅していきますように。

2015年

07月27日

(月曜日)

特集が面白い

千葉市男女共同参画センター・情報資料センターの先月末から始まった特集が面白いですよ!

国立女性教育会館(NWEC)から貸し出された100冊。
「女性の日常×100冊」 (このタイトルが生かしていると思います)
ここ2~3年の間に出版された話題の本も入っていてそそられます1
残念ながら期間限定なのでお早目に!
貸し出し中のものは予約できます。

リストはこちら⇒http://www.chp.or.jp/joho_siryo/joho/pdf/tokushu/27/tokusyu201506.pdf

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小見出しテーマもまとまっていて、目を引きます。

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2015年

07月24日

(金曜日)

これからが大事

昨日千葉大学で "「安全保障関連法案」について考える緊急シンポジウム"がありました。

先週衆議院委員会で強行採決されて内閣支持率がぐぐぐっと下がったのを懸念した政府が、新国立競技場建設案白紙へという"英断"で点数稼ぎとめくらまししている間、悶々としていました。

若い友人に教えてもらって、なんとか時間を見つけて夕方の千葉大へ。
1時間半余の限られた時間に、様々な専門分野から6人のスピーカーが登壇。
各自10分ほどの割り当ての中でポイントを押さえた話があり、あらためて今回の安倍内閣の法案への異常な執着に、疑念は強まりました。
中でも強く響いてきたのは、このシンポジウムの呼びかけ人の一人でドイツ歴史が専門の三宅晶子さんが紹介してくれた、授業で必ず学生とともに読むという書籍「彼らは自由だと思っていた」(M・マイヤー著)の抜粋。
「独裁と独裁の生まれる全過程が、まず何よりも注意をそらせることだったわけです。とにかく考えることをしたくない人々には、独裁は考えないでいい口実になりました。・・・
行為や事件は、どれもがその前の行為や事件より悪化しますが、しかしほんの少し悪化するにすぎません。あなたは次の機会を待ち、次の次の機会を待ちます。ショッキングな大事件が起きたなら、ほかの人たちも自分と一緒になって、ともかくも抵抗には参加するだろうと考えて、大事件を待ちます。一人では行動したくない、意見も言いたくない、「わざわざ騒ぎを起こす」のはごめんだと考えるのです。なぜかといえばそういうことに慣れていないからです。しかもそうさせずにおくのは恐怖、孤立の恐怖だけではありません。真の確信がないからでもあります。・・・・
・・・自己欺瞞はすでに大きすぎる重荷になっています。それは些細な事件をきっかけに、私の場合は赤子同然の私の息子が「ユダヤ人の豚野郎」と言ったことでしたが、突然音を立ててくずれ、すべてが変貌したことに、目の前で完全に変貌してしまったことに、あなたは気づくのです。

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思想史の石田さんは、大学内で安保法制のことを話すことや政治的意見を交わすことで学内に"色"がつくことを避ける風潮や、18歳からの投票権に伴って高校教育を脱色化する傾向に対して警鐘を鳴らし、各々が自らの価値に基づいて表明することを互いに認め合うことの重要性を説きます。

アイルランド近代史専門で、沖縄出身の崎山さんの話は安保法制と沖縄と大学の自治が戦後ずっと連動してきたという分析。安保体制を維持するために、戦後から現代までその負担は益々固く重くなっているし、体制を担う官僚を確保するために大学を管理する方向も強まっていることは一般市民も感じているところ。

日本近代文学専門の大原さんは、坂口安吾が戦時体制に書いた一文を紹介し、法案が衆議院を通ってしまったこの時期にシンポジウムをやることの意味が実は大きく、この動きを継続していくことの必要性を説いてくれました。

中東専門の酒井啓子さんは、自衛隊が中東のみならずどこへでも派遣可能となる今回の法案の危険性について一気に語ってくれました。先のイラク派遣の際、自衛隊に危害が一切及ばなかった裏には外務省のODA予算がばらまかれて自衛隊に危険が及ばないような工作があったからで、決して彼らの貢献が現地でよろこばれていたからというわけではなかった、現在ISなどにとって、日本の自衛隊員が世界で最も人質として高額要求できるとみなされており、アメリカはISに対しては手出しできない状況だとも。
最後に登壇した中国史の山田さんは中国との問題について、一つは中国は一くくりに出来る国家ではない事情をよく知ること、尖閣問題については二国間ではなく多国間で協議することが大事でそのためには、酒井さんが強調するように、日本が現在世界へ貢献するためには、外交力を発揮することが最優先と力説。

後半質疑や意見交換等の時間まではいられませんでしたが、このタイミングを逃さなくてよかったです。
学内でのシンポジウムですから学生や教員が多いのは当然ながら、私のような一般市民も2~3割ぐらい参加して、200人くらい入られそうな教室がほとんど埋まっていました。さらに大きなうねりになることでしょう。

2015年

07月24日

(金曜日)

とらわれない生き方

ヤマザキマリの「とらわれない生き方 母として」 
~「いいお母さん」プレッシャーのかわし方~
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「親と子は別個に生きるものだと、こどもが小さいときから思ってました」
「神様はちゃんと、子を育てる女には1.5倍ないし2倍の時間を与えてくれているんじゃないだろうかと思うほど、以前に増していろんなことができるようになりました。・・・時間という概念も、人それぞれのとらえ方です。あなたと私の"1時間"は違う。だから世間の声に惑わされちゃいけません。・・」
「ただ日本のお母さんは、もっと柔軟に、もっといい加減になっていいとは思います。そして、子どもに自分の格好悪さやそそっかしさを隠さず見せる。実際そのほうが子どもは育ちますし・・・」
「物事のきれいな面、いいところだけを見ていたいのはその人自身の生きる力が弱ってる、ってことなんだと思います」
「子育ても、非常にエネルギーが必要なことですよね。いろんな感情を動かされ、いろんなことを考えらせられる。自分のダメさも浮き彫りになります。だからしんどいときは、あなたの感受性が養われ、生きる力が鍛えられているときでもあるんですよ」
「子どもを可愛く思えないときは、まず自分を好きになることを募らせていけばいいんじゃないんでしょうか。「この子を愛さなければ」と自分にプレッシャーをかけるよりも。」
「母親は、自分にトラウマがあろうがなかろうが、どんなときにも思い出さなければいけないのは、「子どもはあなたが思っている10倍は、あなたのことを愛している」ということです。


 などなど、私には「だよね~」とうなづけるところが満載でした。
 ある意味私自身がやってきた反面教師的無責任子育て?を裏付けしてもらったような?我田引水したくなるような話もあり(もちろんスケールや真剣度は比べることすらおこがましいですが)溜飲を下げましたね(図に乗ってはいけない)
彼女のエッセイを折につけ追っかけてきた私には「おお、あのデルス君が大学生に!」と感じ入り成長を喜びました^^:

私自身は子育て時代は過ぎている(はず?)つもりなので、もっぱら軽い気持ちで、ヤマザキマリの新作エッセイだ、と手にしたんですが、なかなかどうして、装丁も文章も軽妙なれど、世の悩める親たちや、悩んでない親にこそ読んで欲しいものです。
と思いながら、昨日の集まりでこの本の狙いをさわりだけ話したところ、「世間的に踏み外さず生きてきた人が子育てで壁にぶつかりこうやって克服した!」という話ならともかく
"初めから外れたところで生きてきた人や生きていける人"の子育て話は、"外さないように生きている人"には届かないかも、という、残念な見解に。
 確かに、自分が築いてきた周囲から後ろ指をさされないような来歴をもち、志向している"正しいアガリの人生"にゆるぎない信念を持っている人たちにとって、子育ても自分でコントロールできるということに懸念や疑いをもつことは"負け"なのかもしれません。
でも現実はそう甘くはなく、挫折体験が少なく、周囲からの評価の大きさに自己存在価値を託している人たちが、壁にぶつかった時、どんなことが起きるのか、老婆心で心配になるのです。
私自身はエゴイストなので、ある時期自分の楽しみを抑えることを、自己犠牲とは考えたくなくて、期間限定の忍耐力自慢とか吹聴してごまかしたり、失敗や挫折を笑い話にして周囲の友人たちと披露しあって客観視できたことでずいぶん救われました。しっちゃかめっちゃかだった子どもたちの乳幼児期を、長屋のように互いに行き交って過ごした人たちには、いまだに"戦友""同士"の思いがあります。
 ヤマザキマリのように世界中を移動したりさまざまな人種の人たちとの交流というレベルではないけれど、いろんな家庭・家族・社会・仕事・世界の一端に触れることができた暮らしを、まんざらではなかったと愚息たちは思ってくれているだろうか、そんなことを思い返す機会になりました。



2015年

07月16日

(木曜日)

物語の意味

昨日今日と、腹立たしさと嘆かわしさと不安が交錯しています。
徒手空拳の私にできることはないのか・・・

作家島田雅彦が
特集ワイド:この国はどこへ行こうとしているのか 「平和」の名の下に 作家・島田雅彦さん
(毎日新聞 2015年07月14日 東京夕刊)
でこんなことを語っています。
今年6月12日には、日中韓3カ国の文学者が討議する「第3回東アジア文学フォーラム」に参加し、北京市内で共同記者会見を開いた。会見での「今の日本には史上最も好ましくない首相がいる」「愚かな政治家が対立の種をまいたとしても、どこかで和解に向かう粘り強い努力が必要。個々は微力でもそこに貢献したい」という発言が国内外で報道され、話題を呼んだ。
 なぜ島田さんはひるまず政権批判を続けるのか。そう問うと、こんな答えが返ってきた。
 「小説家だから」
 続けて言う。「『小説』は『小さい説』、つまり個人の生活と意見のこと。対になるのは『大説』『大きい説』。政治経済、国家を論じることです。大説が多様性を失い、単純化し、多くの矛盾を抱えている現状では、大説に異論を唱えることが小説の役割となる。書きたいことを書けなくなれば小説家は終わりです。職業上の自由を保障してくれているのが憲法です」
 だから批判的精神を失わず異論を唱えていくことが、小説家の役目、というわけだ。


メッセージを託すことをあえてしない作家ももちろんいて、それも一つの姿勢として私は好ましく思う。しかし作家という人々はやはり常にオルタナティブであってほしいと思う。

最近読んだ本や見た芝居がシンクロして、この世界で生きていくモノに思索する意義や意味を顕らかにする物語を紡いでくれる人たちを応援することで、時に混乱しても自分を取り戻す力を持ち続けていけると、改めて思う。

そんな気分を高めてくれた舞台は歌舞伎ネクストと銘打った「阿弖流為」
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権力に執着するものたちが「国の民を救わんがため」と口にする時、その民とは己自身に他ならない。。。

シスカンパニーの「草枕」
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明治という時代でも、立場を異にしても共に立つことを夢想できたこと想えば、今の時代の狭量さも変えられるはず。。。

そしてようやく読むことができた「鹿の王」
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支配者と被支配者の関係は人同士のみならず、ということは周知のこと、なはずなのに。。。
上橋菜穂子さんは、柳沢桂子著「われわれはなぜ死ぬのか-死の生命科学」を読んで初めて、条件さえ整えば不死の生き物がいること、そして性の文化が死を生み出していったことを知ったといいます。
これは去年千葉市男女共同参画センターまつりで聞いた生命科学誌を研究する中村桂子さんの話に通じています。

大きな世界観と身の丈の世界観の狭間で、自分を見失わず、なるべく自分と自分以外のものをそのものらしく生かすことができる方法を探り続けるしか、手立てを思いつかない。。。

2015年

07月09日

(木曜日)

「ウルトラ植物博覧会」西畠清順と愉快な植物たち

2~3年前に紀伊國屋ホールで三浦しをんとの対談に登壇した西畠清順のプラント展
「ウルトラ植物博覧会」西畠清順と愉快な植物たち]

平日の昼間で雨の中なのに場内は賑わっていました!
いや~面白い。自分ちの観葉植物とどこが違うのか。。。

あの星の王子様に登場するバオバブですよ!
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見たこともない植物やら
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とてつもなくかわいいものやら
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ともあれ西畠清順のblogを読むと彼の哲学がゆるぎないことを知ることができます。
http://from-sora.com/

地球上で人間と植物に格差なんてないんですわ、もちろん。

2015年

07月02日

(木曜日)

永遠の僕たち

録画しっぱなしの映画をようやく見ました。内容をよく知らぬまま、ガス・ヴァン・サント監督で、あのデニス・ホッパーへのオマージュらしいというだけで録画予約したものです。

永遠の僕たち

いやぁ、私的にはツボに入りました!主役の二人とゴースト役の加瀬亮の三人で展開します。、

死に取り付かれた青年と、不治の病に侵された少女の恋を繊細に描く。主演は、デニス・ホッパーの息子ヘンリー・ホッパーと、『アリス・イン・ワンダーランド』のミア・ワシコウスカ。2人を見守る重要な役どころで、日本の実力派俳優・加瀬亮が出演しているのも見逃せない。
ヘンリー・ホッパーは、「博士と彼女のセオリー」の主演でアカデミー賞を取ったエディ・レッドメインに雰囲気が似ている。。。

死に取りつかれた青年、というと、思い浮かぶのは「ハロルドとモード」
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40年以上前の映画ですが、私の中ではエポックメイキングな映画でした。

もう一つのコンセプトは難病の少女との恋愛。
「ハロルドとモード」と同時代の「ある愛の詩」
これは難病プラス階層格差の狭間で悩み苦しむ恋人たち。親が移民のブルーカラーの娘役のアリ・マックグロウは、それまでのハリウッド女優とはかなり趣きが違って、野性的かつ知的な女性というイメージで鮮烈なデビューでしたね。恋愛もの苦手な私でも面白く見たことを覚えています。
ある愛の詩

最近では「きっと星のせいじゃない」って映画が全世界の涙を誘ったとかどうだとか。予告編は何度となく見せられたものの食指は動かず。
星のせいじゃない

キャメロン・ディアスが母親役を演じた「私の中のあなた」でも、白血病の娘が、母親の管理をくぐり抜けて、束の間の自由を得て一人の若者の心をつかみようやく自尊感情を持つことができていましたっけ。
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2015年

07月01日

(水曜日)

まんがギャラリー

先にお知らせしましたように、SpaceFわひね企画「まんがギャラリー」の展示をします。
今日から12日の千葉市ハーモニープラザサマーフェスティバルまで。

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今日展示を開始しました。
こんな感じです。
12日はスタッフがいますので、「これの中身を見たい」、「手に取ってみたい」というご要望に出来るだけお答えできるようにする予定です。(「持って帰りたい」というご要望にはお応えできかねますのでご容赦ください)
皆さまのお越しをおまちしていま~す。 

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