SpaceFわひね(wahine) 

一人ひとりが思いを、あるときは共有し、あるときは自由にたゆたう。。そんな場所をめざして 

2014年

11月24日

(月曜日)

「おもてなし」

友人が小劇団の舞台を見たいというので、日程調整してみることにしたのが、リリパット・アーミーのわかぎえふ作・演出玉造小劇団の「おもてなし」
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 「おもてなし」という言葉が国家戦略?的にクローズアップされて、少々苦々しく思っているのは私だけじゃありませんでした。さすが関西人、いじりが効いております。
 物語は、関東大震災後の大阪商人の町船場が舞台、"おもてなし"を取り計らう女将さんが主役。商人の世界では"おもてなし"は無償の行為とちゃいまんねん、商いの裏表をあんじょう見極めて損せんようしっかり塩梅して代価をもらう、もちろんそのやりとりが目立ってしもたらあきまへん。現代ではさしずめイベントプロデューサーか代理店というところでっしゃろか。持てる才覚と器量やネットワークを存分に駆使して最上の"おもてなし"を披露しながら、これ見よがしでなく、代価もしっかり手にする、それは見える報酬とは限らないところがまたよろしゅうおすねん。
 大阪商人のかっちりした金勘定と世事人情の機微の細かさに、単純な東京人は舌を巻くやら呆れるやら、大店のお妾はん、ぼんぼんやいとはん、手代に丁稚、。。。と、まあ、大時代な昭和のなにわ根性ドラマ風な芝居が展開するのですが、この姐さんの本性が読めんところがよろしなぁ。"したたか"っちゅう言葉が軽く聞こえるくらいのど根性。ねちこい大阪人世界。いやいやどうして新鮮でした。チラシのイメージもリリパットに抱いていた私のイメージも覆されて心地良い。
 今回の芝居は、中学高校の先輩であった山崎豊子の没後一年に思いを寄せて書いたとか。
幕切れには百枚を数える着物が舞台一面に広げられ、最前列で見ていた着物素人の私たちは圧倒されました。一見の価値ありでっせ。今日明日明後日まで。

2014年

11月16日

(日曜日)

「オバさん一人旅バルカンを行く!」

 今年も千葉市男女共同参画センターまつりに参加します。
「オバさん一人旅バルカンを行く!」(スライドトーク)
12月13日(土)14:00~16:00 千葉市男女共同参画センター2F 研修室A1
当日入場無料 定員20名です。
まつり2014チラシa-1決定稿

 "旅"は日常からちょっと離れることだととらえると、自宅から駅までの通いなれた道から少し外れた脇道に入ることも旅、いつもは家族や友人と出かける場所に一人で行くことも旅・・・いつもと違う道を通るだけでドキドキするし、一人で歩くだけで新しい発見がある、その発見が新しい自分に気づかせてくれる"旅"
 海外への女性の一人旅もその延長線上、と言うと「それは違う!」と言われるかもしれません。どこが違うのか、同じなのか。
 オバさんはこの10年間でのべ50ヵ国近く旅したそうです。ツアーでないと入れないところ以外は自分で下調べし手配しアクシデントやトラブルにぶつかりながら楽しんできた、そんなあれこれをたくさんの写真とトークでご一緒に擬似体験してみませんか?愉しいひとときを過ごす中で自分にとっての"旅"への思いをあたためてくださる機会となりますように。

2014年

11月16日

(日曜日)

離陸

絲山秋子の新作 「離陸」
離陸
好きな作家ですがすべてを追っかけているわけではないです。読書家とはいえないただの本読み好きですから、感想も単純。絲山秋子の作品を人に説明するのは私にとってなかなか難しいのは、読む人によってかなり印象が変わるだろうと思われるからでしょうか。つかみどころがないようでもありながら物事の深いところに隠されている芯を、ある時はズシンと、ある時はじんわりと、ある時は呆然とするほどに、読むものに知らしめてくれる気がします。
今回の「離陸」はかなり毛色が違って、放り出されたような気分。珍しく長いエピローグや「あとがき」があって、ゆっくり軟着陸できましたが。。。
内容についてはこちらをどうぞ。
http://mainichi.jp/shimen/news/20141102ddm015070035000c.html
嬉しかったのは表紙の装画が Mark Rothko "White and Green in Blue"

村田喜代子の「故郷のわが家」に続いて自分の好きな画家の絵を好きな作家の作品で目にして喜び倍増。

2014年

11月06日

(木曜日)

捨てる、棄てる、残す、遺す、

旧居には15年住んでいました。これまでで一番長い。成人してから長くても8年くらいで移動していたのでその都度生活の諸々を整理してきたつもりですが、存外捨てられぬものも引きずってきたようです。
 今回は終活の前段階?のつもりでスリム化に務めたものの仕事を引退してはいないこともあり、道半ば。。(誰しも息絶えるまでは道半ばですが)
 片付け作業の中で次々に判断をしなければならない時、愚行するのは、「残す、遺す、捨てる、棄てる」が自分にとってどんな意味合いか、でした。今も考え続けています。
 
 たとえば、無印やIKEAの無機質な?収納家具を活用したものや、古い調度品をリサイクルして自然のサイクルに合わせた生活、などがシンプルな住まいのモデルケースとして雑誌などの紙面に挙げられているのをみると、自分の身の回りの無駄をせっせと省かなくちゃ!と駆り立てられます。
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が・・・モデルルームのような状態を保ち続けることや、生活臭を極力抑えることは、なかなかエネルギーが必要で、モチベーションを高く持てる人は維持できるでしょうが、根性なしの私にはできそうもないことに当然気づくわけですね。
で、整理は中途半端なまま。。。

"思い出"にまつわる品々(個人的には意味があっても他人には無価値と判断される?)をあらかた思い切りよく処分したものの、困ってしまうのが写真。可燃ゴミとして処分する決断がつきません。。。
自分自身は写真嫌いなので大人になってからはほとんどないものの、アナログ写真全盛時代の記録の数々・・・抜き取られた"魂"?が蓄積されたアルバム・・・被写体となっている人たちの記憶がアルバムとともに消えるわけではないけれど、人間の記憶の容量の限界や曖昧さを思えば、ある程度までは保存する必要もあるのか?
今は過去に執着がほとんどない自分でも、過去も未来も自分自身もわからなくなることが起きた時に助けとなるのか?

なんてことを、作業中、録画しておいた「すーちゃんまいちゃんさわ子さん」を見ながら、つらつら思っていたら、人生の先行きに不安を抱き始めたすーちゃんが、まいちゃんたちへの手紙に「遠い未来について憂うより今を生きることにしました・・・」と彼女なりの言葉で真摯に語るのを耳にしました。自分にはおなじみの言葉なんだけど、すーちゃん(柴咲コウ)の声がタイムリーに響いてきました。
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"捨てる"は"棄てる"とは違って、また拾いに行けたり集めなおせたりする可能性を持っているような気がしています。

後は"残す"と"遺す"についてだな・・・これは友人が教えてくれた「故郷のわが家」(村田喜代子著)を読みながら考えてみよう。読み始めから不思議な感覚、表紙がヒエロニムス・ボスですからタダモノではなさそうです。
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2014年

11月06日

(木曜日)

忙中閑。。。なしですが

 先月末より引越し作業に追われる中、図書館に予約していた本が2冊到着、一冊は次に予約が入っており何としても読まねばならないが読む時間があるのか私?と案じつつ優先順位が下がる一方でした。

 ところが、引っ越し先での荷解きの合間に、断捨離して処分することにした書棚2つ食器棚2つ机等々をリサイクル事業者に引き渡すため旧居で待機することにしていたら、業者の到着がどんどん遅れ、またされること3時間半!持参した図書館の本を読了!
予約でずいぶん待たされたヤマザキマリの男性論(ECCO HOMO)
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床に座って読みふけりつつ、iPhoneでFMラジオを聴いていると、ヤマザキマリの声が!
SMBC presents FM FESTIVAL 2014 未来授業
~明日の日本人たちへ~「未来を変えるイノベーションは起こせるのか?」の講師として公開講演したものの放送だったようです。
http://www.tfm.co.jp/fes/event/index.html

「男性論」で繰り返し出てくる「辺境のない生き方」の文章が耳からも聴こえてくる!なんというシンクロ。
講演は「男性論」を、受講者である若者に向けてアレンジした内容と受け取れました。関心のある方はご一読を。
"半分外国人"と自称するヤマザキマリが日本に抱く違和感を、感覚的かつ理性的に分析しています。
"男性論"を語るには"女性論"を語らないわけにはいかないわけで、彼女はイタリアの男たちと日本の男たちの"女性観"の比較から、日本の女性たち(特に若い女性)の置かれている現状も明確に指摘してもいて、"女性活用"政策を唱える政府関係者にもこの指摘と訴えが届かんことを!

私が喜んで読んだのは第4章の「変人論」。私も子どもの頃よりひねくれ者とか変わってると言われ、自ら居直り、"変人"と自称してイキガッテいたものですが、ここに挙げられている諸姉諸兄の話を読むにつけ、自分の変人気取りの薄っぺらさ欺瞞性に赤面しきり。

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