SpaceFわひね(wahine) 

一人ひとりが思いを、あるときは共有し、あるときは自由にたゆたう。。そんな場所をめざして 

2014年

08月28日

(木曜日)

秋はサスペンスの季節?

しばらく映画館から遠ざかっている間に問題作や話題作が公開されたり封切り迫っておりました!

『NO』
no200.jpg

「トム・アット・ザ・ファーム」
tom200.jpg

「ニンフォマニアック Vol.1/Vol.2」
ninfo200.jpg

「フランキー&アリス」
furan200.jpg

ぞくぞくする映画が続々・・・

2014年

08月24日

(日曜日)

ALS Ice Bucket Challenge

はしゃいでいる有名人の姿に、なんだかな~の様相が強くなってきた ALS Ice Bucket Challenge 
一石を投じたのは金城武。
http://grapee.jp/13037

除湿器に溜まった水を使い一人静かに水をかぶり、コメントメッセージを残す・・・

「この活動によって、多くの人がALSという難病に関心を持ちました。それはとてもいいことだと思います」
「でも善行が “挑戦” でないことを願います。また “いっときの流行” でないことも願います」
「ALSだけでなく、­より多くの弱い立場の人々が支援と協力を得られますように」
「でももう誰も指名はしません。この動画を見た人が自発的に社会に関心を持ち、温かい行動をとってくれますように」
「チャレンジは必要ない。身の回りにいる助けを必要としている弱い立場の人々に、あなたの心からの思いやりが届きますように」


ウォン・カーウエイの香港映画時代には追っかけていましたが、最近はご無沙汰しておりました。
久しぶりの彼は相変わらず淡々としていていい感じです!!

2014年

08月16日

(土曜日)

ぜひ行きたい!アート

横浜トリエンナーレ2014が始まっています。

中でもこちらは必見でしょう!
高畑早苗「Metamorphosis」
http://www.sanaetakahata.jp/japanese/

2014年

08月16日

(土曜日)

今、少女マンガブーム?

わたしにも一応少女時代がありましたが、当時は少年マンガにはまっていたので、その頃リアルタイムで少女マンガを知っているとは公言できません。20代からの後追いファンです・・・

今月のダ・ヴィンチの特集が「最強『りぼん』世代少女マンガ特集」で、
9月20日から森美術館では「わたしのマーガレット展」
なんだかな~ですが、今の十代ってそもそもマンガ読んでるのか、どんな風に読んでるのか、知りたい気も。

2014年

08月16日

(土曜日)

家事ハラって!?

都議会のセクハラ発言ほど大きく取り上げられていなかったけれど、「家事ハラ」の意味を、確信犯的に、あえてすり替えて矮小化したような広告が、さらにメディアで増長されて、本来の意味が逆転した様相になっていました。

そのことに、岩波新書「家事ハラスメント」
41pTXyafpPL__SL500_AA300_.jpg
の著者竹信三恵子さんが抗議しその経過が報告されています。
http://wan.or.jp/reading/?p=14247

世の中のマイノリティの現実を伝えるために苦労して“言葉”を獲得してきて、それが世間に周知されたとたん、消費され貶められて、無力化されることに、どうやって抗っていけばいいのか。。。

2014年

08月16日

(土曜日)

8月

6日、9日、そして15日
8月は思いが乱れる重い月です。あの人の言動にふだんより敏感になります。
その思いを浜矩子さんが代弁してくれています。

危機の真相:愛国と反戦、国民と国家 この二つの重要な関係=浜矩子
毎日新聞 2014年08月16日 東京朝刊
 13日付の本紙から二つの示唆を得た。
 示唆その1は、筆者が日々チェックしている「仲畑流万能川柳」欄の中にあった。当日の入選投稿の中の次の一句だ。「愛国心あるからこその反戦さ」、おお、素晴らしい。これをサラッといえる感受性は何とも爽やかだ。

 その通りだ。真の愛国心は好戦性とは無縁だ。積極的平和主義などという言葉が使われる昨今だ。使っているご本人はこの言い方を盾に集団的自衛権の行使容認をごり押ししようとする。だが、反戦をもたらす愛国心こそが、真の積極的平和主義だ。不戦を誓う日本国憲法の中にこそ、真の愛国があり、最も積極的な平和主義が貫かれている。

 万能川柳の選者と投句者のセンスがある限り、日本の民主主義は安泰だ。斜にかまえつつ、しかしながら正面切って、ユーモアあふれながら、真剣そのものな目で、世の中を見つめる。この感性が頼もしい。しばしば、底抜けにばかばかしい句も登場する。それがまた、いと、楽しからずや。笑いは、忍び寄る邪悪さに対する至高の解毒剤だ。

 愛国的反戦主義者の投句を発見して、もう一人の人物のもう一つの言葉が頭に浮かんだ。「愛国心だけでは不十分だ。私は私の心の中に一切、憎しみを抱いてはいけない」。イギリス人看護師、イーディス・キャベル(1865〜1915)の言葉だ。彼女は、第一次大戦時に最前線で看護に従事した。敵味方の分け隔てなく、多くの命を救った。そして、ついにドイツ軍に銃殺処刑されてしまった。だが、彼女の助命を求める声は世界中から湧き上がった。

 自分の魂から憎しみを追放できてこそ、真の愛国者になれる。憎しみを内に抱いた愛国心がぶつかり合えば、そこには殺し合いが発生する。反戦の決意に裏打ちされていればこそ、愛国心と愛国心はぶつかり合うことがない。

 本紙から得た示唆その2は、「水説」(中村秀明論説副委員長)の中にあった。万能川柳欄からの示唆に感動しながら目を上げると、その上の段にこの論考があった。

 「『民』はどこへ」がそのタイトルだった。広島と長崎の原爆の日に際して、安倍晋三首相が行ったあいさつについて、二つの問題を指摘していた。第一は、冒頭部分が昨年のものとほとんど同じだったこと。第二の問題は、広島でも長崎でも、昨年と大きく変わった箇所があったことだ。

 第1点も実にひどい。何たる被爆者軽視。何たる見識の欠如。何たる不心得。

 第2点はそれにも増して衝撃的だった。昨年は「私たち日本人は、唯一の、戦争被爆国民であります」となっていたくだりが、今年は「人類史上唯一の戦争被爆国として、核兵器の惨禍を体験した我が国には」となっている。日本人という国民が姿を消して、国家が前面に出た。

 由々しき問題だと思う。国民国家において、国家は国民のために働く装置だ。主体はあくまでも国民だ。かりそめにも、国家のために国民がいるなどと考えてはならない。

 ところが、原爆の日の式典という最大級に厳粛な場面で、首相のあいさつの中から国民が追い出された。代わって、国家が主体の座に座った。これは実に恐ろしいことだ。こんなことは、国民国家の政策責任者においてルール違反なのではないか。首相は「水説」への反論をフェイスブックに掲載した。「『被爆したのは日本人だけではない』との指摘があり、『被爆国』とした」と説明するが、それならば外国人被爆者への思いを付け加えればよい。国民の言葉を消す必要はない。

 ジョン・F・ケネディ米大統領の有名な言葉に「祖国があなたのために何をしてくれるかを問うなかれ。あなたが祖国のために何ができるかを問うべし」というのがある。ケネディ名句の筆頭格に数えられている。だが、筆者はこれがどうも引っかかる。やっぱりこれは違うと思う。国民には、国家が自分のために何をしてくれるかを、常に問いかけ続ける当然の権利がある。

 「祖国」というから、思わずハートをわしづかみにされてしまう。この場合の「祖国」の原語は「カントリー」(country)だ。「ふるさと」とか「いなか」のニュアンスがある。「お国自慢」などという時のお国は「カントリー」だ。

 ケネディ氏が国民国家における国家を意味する「ステート」(state)という言葉を使っていたら、どうだっただろう。「ステートがあなたのために何をしてくれるかを問うなかれ。あなたがステートのために何ができるかを問うべし」といわれても、誰も胸を高鳴らせはしなかったに違いない。それどころか「何を言っているのか」と大顰蹙(ひんしゅく)を買ったに違いない。

 愛国とは、国民が国家に奉仕することを意味しない。愛国は反戦の誓いだ。その誓いの主体は、あくまでも国民だ。反戦平和の決意を新たにすべきこの季節に、本紙から貴重な二つのメッセージを得た。


国家=自分、のあの人は、世襲制の彼の国のあの人と同じタイプとしか思えない・・・

最近この本を読んでいたく揺さぶられました。「本泥棒」The Book Thief
51sAa++IGnL__SL500_AA300_.jpg

映画化されていて見たかったのに見逃していたのですが、Kさんが旧ユーゴスラビアに旅する機内で見たと聞いて、あらためて手に取って読みました。死神が心を痛めるほどの物語。。。

342e666d.jpg

DVD化されています。この夏必見です!

2014年

08月07日

(木曜日)

映画フリークだったんだ

978-4-8074-1399-7.jpg

普通の映画評とは一味ふた味違います。取り上げられている映画の中に自分が見たものが多くて、追体験してみると、観た当時に言葉に出来なかった感想が浮上してきてなかなか面白く読みました。もちろん上野千鶴子の観方に納得できないところもあるし、深読み過ぎじゃん?!と突っ込みたくなるところも多々あります。。。自分の好みの映画を上野千鶴子とリアルに語り合うことは、ちょっと恐ろしいですから、ヴァーチャルで。

2014年

08月07日

(木曜日)

ヴァロットン展

オープン時から気になっていた「ヴァロットン展 冷たい炎の画家」、ようやく観ました。サブタイトル「裏側の視線」に魅かれます。

展覧会のサイトのスペシャルに、角田光代と館長の対談と彼女が作品から触発されて書下ろした短編が掲載されています。先日NHKの日曜美術館でも取り上げられていましたね。

こちらのサイトを見るとわかりやすくレポートされています。
http://www.museum.or.jp/modules/topics/?action=view&id=488

展覧会のタイトルがこの画家を見事に言い表していて脱帽。19世紀末から20世紀初めの都市生活の熱気と冷気、爛熟してきた市民生活に潜むエロスとタナトス、シニカルでアイロニカルでコミカル、たまりません!特に事前情報では知らなかった、展示後半の彼が描く神話の世界には思わずニヤリとしてしまいました。もっとシリアスに見るべきなのかもしれませんが・・・何度でも見たい作品がたくさんありましたが、図録の色味があまりにも違うので今回も断念。。。

2014年

08月07日

(木曜日)

捨てる=始まる?

 周囲の友人たちとの話題に、終活やら断捨離が具体的な内容で出てくる機会が増えてきました。
 我が家もただ今断捨離がブーム?で、まずはレコードアルバム400枚(ほとんど同居人の所有物)売却しました。200枚余りの輸入盤には意外に値が付て!(^^)!だったものの100枚以上は値付かず、ネットオークションに出す気力はなく本はせっせと毎週資源ゴミに出しています。
 すると、これまで数回の引っ越しを生き延びてさせてきた?学生時代の相棒だった本たちへの未練がほとんど消えていることに今更ながら気づきました。日頃あまり物欲なくこだわりもないと自認しているにも関わらず、存外溜まっていた半生の澱や垢も落としている気分になり、なかなか爽快。
 あれこれ処分の段どり考えながら、残り少なくなってきた人生に、さて何をどれだけ携えて生きていくか、と頭に描いていくのも結構楽しいものです。衣服装飾品の類など元より持っていないのでいいんですが、ミーハー魂のカケラ(映画舞台のパンフレットや美術展の図録など)の数々と、どこで縁を切る覚悟ができるか、自分のこの先に楽しみ?

2014年

08月04日

(月曜日)

ジブリアニメ2本

最近のジブリアニメ観てないですが、「思い出のマーニー」公開に乗じてTV放映された「借りぐらしのアリエッティ」、
ジブリ両巨匠が直接関わっていないという点に魅かれて観ました。
153388_01.jpg

そこそこ面白くみたものの、ずいぶん昔に読んだ原作の記憶とはなんだか違うのであらためて原作読み返しました。
51OY5yNNKKL__SL500_AA300_.jpg
原作の、イギリス童話のエッセンスと私が勝手に思っている、シニカルでちょっと意地悪な雰囲気が、ジブリ版では薄いんでは?登場人物の切なさが強調されてドラマティックに流れているからか?(樹木希林と神木隆之介の声はいい感じだったけど)
原作の男の子は非力で浅はかだし、登場人物皆、賢さとはちと遠い、がゆえに愛すべき人たちなんだけど、アニメでは、なすべきことを自覚している“人々”のように描かれていて・・・

ともあれアリエッティを作ったスタッフに興味が出て観ました、
「思い出のマーニー」
164193_04.jpg

原作
1141100ma.jpg
と、一番違ったのは、パンフレットに三浦しをんが書いているように、セクシュアルな匂い?
ジブリ版で、マーニーと杏奈が互いに思う気持ちをぶつけ合うシーン(人によってはスルーする?)の微妙な空気は原作では感じにくいかも。ジブリアニメに通底する“少女”フェチなのか?少女間の聖なる?“性”のニュアンスをわかる人にだけわかるように、を意図したならば、ジブリの新境地かも?(もっとも、これまでも裏読みならいくらでもあったわけですが)

原作に流れるゆっくりした時間は、映画の制限の中では単純化されていて残念。アニメで彩香が担う役割=原作では湿っち屋敷の新居住者たち(特に賑やかな兄妹をおおらかに育てるお母さんが素敵なのですが)との出会いが原作のアンナの成長には大きな意味があるし、アンナが“輪”の外側にいると感じている気づまりな気分(周縁におかれているマイノリティが常に感じている生きづらさ)から自己肯定できるようになるところも、ずいぶん短縮されてしまっているような・・・それでも、この映画をみて自分を少し好きになれる少女が増えたらいいんだけど・・・

HOME