SpaceFわひね(wahine) 

一人ひとりが思いを、あるときは共有し、あるときは自由にたゆたう。。そんな場所をめざして 

2018年

02月15日

(木曜日)

ねこ町駅前商店街日々便り

「ねこ町商店街日々便り」
ねこ町_

いや~柴田よしきの作品とは思えないタイトルだし、装丁もいまいちだし、思いのほか分厚い。。。
とは思いつつ、ホラーもミステリーもファンタジーも変幻自在に操る柴田よしきだからね。。。

はい、読む前の予想をいい意味で裏切られて心地よく読了。
ねこアレルギー気味の私には縁がないですが、猫好きの面々にはたまらんかも?!

全国の中小都市の駅前シャッター街の再生はどこの地域でも改善困難な課題、
それぞれの地域の抱える独自性もあれば共通の問題も含めて、
時代の波で仕方がないという諦めが支配的な空気。。。
この物語の中でも何度もそういう堂々巡りの話が語られるから、少し辟易してくる感も。。。

が、そこはフィクションの世界?!
老若男女がそれぞれに、自分の力を目覚めさせていくことが繋がって再生への光が見えてくるというハッピーエンド。
きっかけはこのねこ町(根古万知)にふらりとやってきた猫?
この猫は果たしてUFOに乗ってやってきたのか?!

自治体や有識者がプロジェクト化する地域再生計画は、いまだにどこかシステマティックで男目線が支配的。
そんなあれこれを著者はかなり調べたと思われます。
そこから著者は、地域の活性化とは、人を呼ぶために観光地化することではなくて、住民が愉しい記憶を残せる町としての"祭り"を生み出すことを一つのてがかりとしていきます。

覇気が消えかけていた商店街のオヤジ店主たちや日常生活をなんとかやりくりする女性たち、都会からUターンした若者、先が見えない町でくすぶる子どもたちが、潜在していた力やモチベーションを高めていき、再生への強い思いをもった幾人かが角突き合わせ捻り出したアイデアを、大きく膨らませいろんな形で具体化実現して行く・・・

まぁ、紆余曲折しながらも町が再生していくファンタジー、と冷めた目で断じることもできるでしょう。
シャッターを下ろした年金暮らし商店主の「静かに暮らしたいからそっとしておいて」、という言い分の方に与したいというのが私の本音かもしれない。
そんな気持ちをお見通しの著者に活を入れられた気分です。

2018年

02月09日

(金曜日)

母は強し?2

リリース

産まなくても


「リリース」は書き下ろしで2016年10月発刊、「産まなくても産めなくても」は短編集で2017年2月発刊、各章は小説現代連載(2015年11月~2016年10月)、最終章のマタニティ・コントロールは書き下ろし。

図書館に予約していてほぼ同時期に順番が来た。
そして内容が思い切りリンク、シンクロ!
特に、「産まなくても産めなくても」の最終章の「マタニティ・コントロール」と「リリース」の世界では、ともに初の女性首相が誕生して、同性愛者が様々な方法で子どもを持つことができて、少子化問題が解消されている設定!

「リリース」は、異性愛者がマイノリティになっている世界。"男女同権"が"実現"?して同性婚が実現し、男らしさ、女らしさがネガティブなことと認識されている。。。
読んでいる間、ストーリー展開が予定調和ではないところに興味深く読み進めていく、が、登場人物が皆それぞれトラウマを抱え、性的アイデンティティが揺らいでいるのだけれど、そのリアルさが乏しく感じられて、ファンタジーとさえ思えてくるのは、私の共感度が低い所以か?

「産まなくても産めなくても」では、様々な不妊治療の事情が描かれている。その一つ一つが具体的に書かれていて、初めて知ったこともあり、あらためて自分の認識の浅さを思い知らされた。
ここに登場するマイノリティの痛みのリアルさはとても切実に伝わって来た。「リリース」から受ける印象との違いはどこから来るのか?著者の年齢差か、物語への思いの強さの違いか・・・

2018年

01月13日

(土曜日)

コードネーム・ヴェルディ

年末に読み始めたのになんだかんだで時間がなくて第一部終わったところで止まってた「コードネーム・ヴェルディ」
ヴェルディ

今週ようやく第二部に突入して一気読み。これも第二次大戦中のナチに関連した物語。
二人の少女の、果敢で健気で、時に混乱しつつ、時に冷静沈着な行動と思索。

史実を詳細に調査しそこから作り上げた著者の力量に敬意を!

ヤングアダルトのジャンルに入れられているとはいえ、どうしてどうして。
ってか、ヤングアダルトの方hが大人向けより、よりセンシティヴでしょうよ!
この小説の世界に入れなければ、物語読みとして退場しなければあかんやろ、という己に向けたメッセージ!
いやいや途中で投げ出さなくてよかった!第二次大戦中という時代性の制限はありつつ、それを超えた普遍的な少女たちと周囲の大人世代も取り込んだシスターフッドに揺さぶられます。

と、この物語を読んでない人には極めて不親切な文章であるけれど、読んだ人にはわかってもらえるはず!

2017年

12月30日

(土曜日)

キャベツ炒めに捧ぐ

ひょんなことから読んだ井上荒野の「キャベツ炒めに捧ぐ」

キャベツ炒めに捧ぐ_


60代女性三人が営む総菜屋「ここ家」、三人とも料理と食べることが大好き。それぞれの人生は酸いも甘いも盛りだくさん。

井上荒野の印象が変わった。こんな心温まる話も書く人なんだ。(ってかそんなに彼女の小説読んでないじゃないか)

私には同級の幼なじみの親友がいる。大昔に、三人で好きな店をやって暮らそうか、てな夢を見てたという記憶を思い出しました。
本屋と喫茶店と食事処だったけか。。。
年齢を重ねることの喜びと寂しさ、年の瀬に、柄にもなくしみじみとして。

言葉の意味を軽くしたり言い換えたりする「かの人」の所為で、きな臭くなってきている日本ですが、なんとかしないとね、という心づもりを忘れず踏ん張りましょう!
来る年に幸あれと願います。皆さまよいお年を。

2017年

12月21日

(木曜日)

バナナフィッシュ

banana fish

今日、職場の漫画仲間が帰り際にこそっと近寄ってきて、何やら重大なニュース(あくまで漫画人にとって)を教えてくれる様子。

「バナナフィッシュが1月からアニメ化されるそうですよ、オバサン達湧いてます!」と。

(何ですと?)

「あのバナナフィッシュ?あのノイタミナで?」

「そうらしい!」

「なんで今頃??」

「作者の何十週年記念とか?」

ほうほうほう?!これは昔からの吉田秋生ファンにとっては必見!

TVアニメ「BANANA FISH」

最近は「海街ダイアリー」でなんだか心温まる漫画のイメージがあって、昔からの愛読者としては複雑なのです。
ダヴィンチでも書かれてたんですね。
「海街diary」の作風はファンにとって衝撃だった? 吉田秋生の過去作品を振り返る">「海街diary」の作風はファンにとって衝撃だった? 吉田秋生の過去作品を振り返る




HOME →次ページ