SpaceFわひね(wahine) 

一人ひとりが思いを、あるときは共有し、あるときは自由にたゆたう。。そんな場所をめざして 

2017年

03月07日

(火曜日)

David Bowie

1月に友人を羽田空港に迎えに行くために乗ったモノレールから見えた大きなポスターが、ずっと頭の隅にありました。当初はかなり混んでいる様子、ようやく今月の平日に入りました。

David Bowie 展

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入り口で10人ずつの制限があり、ヘッドセットを渡され入場。。

私は、特に彼の熱烈なファンではなくて、映画での彼の特異さ(特に「バスキア」のアンディー・ウォーホル役)への関心とミーハーな好奇心に突き動かされた程度のモチベーション。。。
でしたが、いやいや時間が足りなかった!当日の夜の予定がなければ会場最後のライブ映像のエリアに、閉館時間までいたかった!!


2016年

12月23日

(金曜日)

大貫妙子

大貫妙子を折につけ聴いているけれど、ソロライヴは初めて。

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大貫妙子デビュー40周年記念コンサート。
ありそうでなかなかないオーケストラとポップスバンドの共演。一夜限り。
30年来の交友があると言う編曲と指揮の千住明は、音楽家としてデビューする前から大貫妙子のファンだとかでテンション高くてはしゃいでおりましたが、大貫妙子はいつも通り淡々😁

東京芸術劇場は野田秀樹が芸術監督をしていることもあり、舞台を観に行くことはあったけれど、コンサートホールは初めて。今までみたパイプオルガンの中で一番でかいのではと思ったら日本最大とか。。。建てられたのはバブル期ですもんね。。。

この人は昔はともかく、いつからか日本のポップス界にあっては、コンスタントにメディアに露出している同世代の矢野顕子や松任谷由実とは違い仙人のような佇まい、という印象がある。
彼女の音楽もしかり。

2014年

10月22日

(水曜日)

稲毛おんぶらす

"わひね"でつながりをもたせていただいた"稲毛おんぶらす"のコンサートがあります!
日時:2014年11月23日14時開演
会場:千葉市文化センター3Fアートホール
入場無料!
メンバーが楽しんで活動していらっしゃる!ぜひぜひご一緒に!!

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詳細はこちら
http://ameblo.jp/onbrass/

2014年

06月10日

(火曜日)

懐古

ちょっと前に書いた大木晴子さんにも触れらた記事が今日の毎日新聞に。

「論争」の戦後70年:第3回 反戦フォーク・ゲリラ 未来は市民の視点から

 ◇論戦の場は駅前−−社会のあるべき姿訴え

 論争の武器は歌、論戦の場は駅前という時代があった。歌の力で世の中を変えようとした「フォーク・ゲリラ」にスポットを当ててみたい。

 1969年、東京・新宿駅西口の地下広場で、ギターを弾きながら反戦の歌詞を叫んだ。広場を埋める人波の中心にいた若者たちだ。ベトナム戦争(75年終戦)反対を掲げて活動した「ベトナムに平和を!市民連合」(ベ平連)代表の作家、小田実さん(32〜2007年)らに大きな影響を受け、行動した。

 65年、米軍による北ベトナム爆撃(北爆)が始まると、世界中で抗議行動が起こった。60年代、米フォーク歌手のピート・シーガーさん(今年1月、94歳で死去)が作詞・作曲した「花はどこへ行った」はベトナム戦争への反対運動を、彼が広めた霊歌「ウィ・シャル・オーバーカム」は米公民権運動を象徴した。63年に来日すると、和製フォークのブームが起きた。300以上あった各地のベ平連の一つ、南大阪べ平連が大阪・梅田駅で、「友よ」(岡林信康作詞・作曲)▽「自衛隊に入ろう」(高田渡作詞、マルビナ・レイノルズ原曲)などの「関西フォーク」をギターで弾き語りし、集まる人たちに反戦を訴えていた。

 早稲田大生だった作家の吉岡忍さん(65)。ベ平連で米軍脱走兵の逃亡支援活動に加わっていた。68年暮れに南大阪ベ平連のメンバーと出会い、「大阪が梅田なら、東京は新宿だ」と翌年2月、「東京フォーク・ゲリラ」と称し、毎週土曜日夕、新宿駅西口の地下広場に通い始めた。「東京ではあまり知られていなかった『関西フォーク』の歌詞をガリ版で刷って配り、音大生らと一緒に歌った。最初は20人もいなかった」

 集う若者は爆発的に増え続け、5月には数千人規模に膨れ上がった。当時の熱気について、吉岡さんは「一つには、米軍立川基地向けジェット燃料輸送列車の新宿駅爆発事故(67年8月)があったり、大学紛争で学生が行き場を失ったりで、新宿西口は発言したい人のマーケット(市場)になった」と振り返る。

 日本の若者を語る時、60年代後半は特筆される時代だ。東大・安田講堂に立てこもった学生と機動隊の衝突などで入試も中止(69年)になった東大紛争をピークに、各大学の全学共闘会議(全共闘)の動き、「日共系」「反日共系」学生の対立・乱闘がメディアをにぎわした。

 新宿西口の盛り上がりに、警察は「地下広場」を「地下通路」とみなし、機動隊を出動させて規制に乗り出した。その混乱ぶりが報じられると、地上にまで見物人があふれる騒ぎになった。7月、道交法違反などの容疑でフォーク・ゲリラたちが次々に検挙され、わずか半年足らずで歌声は消えた。その翌年、「フォーク・ゲリラとは何者か?」と題した本が自由国民社から出版された。吉岡忍編著、小田実監修。内容は、当事者の若者たちの手記だ。

 45年の歳月が流れた。

 安倍政権が、憲法解釈の変更による集団的自衛権の行使容認に突き進んでいる。5月の本紙世論調査では解釈改憲「反対」が56%と、「賛成」の37%を上回る。与党内でも賛否が分かれる論争。その行方次第で、国のかたちが変わる。「日本参戦」などという日がまた来るのだろうか。

 吉岡さんと共に執筆した3人のフォーク・ゲリラは今−−。

 「イラク戦争の直前から。11年になります」。当時、出版社に勤めていた主婦、大木晴子さん(65)は、同じ毎週土曜日の夕方、新宿西口の同じ広場で反戦・平和の意思表示を再開していた。「一部の政治家が勝手な解釈で日本の誇る平和憲法を壊そうとしている。原発や武器ではなく、憲法9条を輸出すべき国なのに」。段ボールにメッセージを書いて無言で掲げる。

 中央大生だった小黒弘さん(66)。北海道砂川市議(無所属)になって5期目。「なるべく大勢の市民と接し、声なき声を拾う日々です」

 東海大生だった伊津信之介さん(67)は現在、同大福岡短大教授(海洋地質学)。「憲法解釈を変えて集団的自衛権行使容認などと政権がおかしなことをしようとしている。一人一人が表現し、行動すべき時だ」

 吉岡さんは語る。「僕らは戦後生まれだが、戦争の悲劇をまだ身近に感じた世代だ。物書きになり、世界各地の紛争地へ行って見て、人(の心)は簡単に壊れていくと思い知った。憎悪は作られるものだ。殺し合いだけはするなと言い続けたい」−−。

 共通するのは、冷めた反体制思想の持ち主ではないことだ。あるのは、社会のあるべき姿を見失わないようにしたいというそれぞれの意志だ。現実に合わせて平和憲法を変えるのではなく、憲法に合わせて現実を変える努力を一人一人がすべきだと言う。その言葉は為政者にではなく、自分も含めた市民に向けている。

 日本のフォーク歌手の草分け、高石ともやさん(72)も、ベ平連に名を連ねていた。東京のあか抜けたキャンパスフォークと一線を画し、社会的なメッセージを込めた「関西フォーク」の中心にいた。「学校で何を習ったの」(トム・パクストン作詞・作曲、高石友也訳詞)、「死んだ男の残したものは」(谷川俊太郎作詞、武満徹作曲)などの反戦歌をベ平連主催のステージで歌った。

 「昔から、集団でなく個人として世の中と向き合っている。反戦デモには行くが、それは自分の考えを自分自身が確認するため」。立ち位置をやはり「個」に置く。

 「フォーク・ゲリラ」も高石さんも、目線はあくまで一人の市民の側からのものだ。時代は今、その視点から未来を見る必要性を問うている気がする。【奥村博史】

 ■ノートから

 ◇歌手と聴衆、低い垣根

 米国の民謡に端を発するフォークソングの中から、南部の労働歌や社会風刺の歌を見いだしたピート・シーガーさん。ギターやバンジョーの弾き語りで聴衆を引きつけた。「それこそがフォーク」と信じる高石ともやさんは、立教大生だった66年にデビュー。68年、「受験生ブルース」(中川五郎作詞、高石友也作曲)が40万枚を超える大ヒットとなった。「当時、学生運動の活動家らしい若い男がコンサートのステージに上がってきて、『商業主義だ』と僕に自己批判を迫る。『今は歌わせてほしい』と頼んでも、『ナンセンス!』と。その子供っぽさには困りました」

 歌手と聴衆との垣根の低さが、フォークソングの特徴といえるかもしれない。それを高石さんは「非専門的芸術家によって作られ、大衆によって享受される」と分類した鶴見俊輔さんの「限界芸術論」を引き、「つまり、現実の世界と切り結ぶのがフォーク」と解説する。

 今春、東京都内の教会で行われた高石さんのチャリティーコンサートは、老若男女の観客と和気あいあいの雰囲気だった。ファン層は、やはり中高年が目立つ。「生きづらい世の中を、共によく生きてきましたよね」。高石さんは、そんな気持ちを通わせながら歌っていたという。


団塊の世代に不信感もってきた人間ですが
「昔から、集団でなく個人として世の中と向き合っている。反戦デモには行くが、それは自分の考えを自分自身が確認するため」。立ち位置をやはり「個」に置く。
に一票。

当時フォークゲリラは全国に広がっていて、ミーハーな私も福岡での高校生時代に若干染まってました。
受験で上京した70年代、すでにブーム?の潮が引いてた西新宿地下はまだ夜間ロックアウトされていず、受験終わった開放感の中深夜の鬼ごっこ空間として最高だったことを思い出しました。

2014年

05月01日

(木曜日)

今年のラ・フォル・ジュネ

今年のラ・フォル・ジュネは、10周年記念で、
これまで取り上げられてきた作曲家に加えて
アメリカのガーシュウィンをラインナップして開催されるとのこと。
ちょっと覗いてみたいです。
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