SpaceFわひね(wahine) 

一人ひとりが思いを、あるときは共有し、あるときは自由にたゆたう。。そんな場所をめざして 

2017年

08月17日

(木曜日)

キャロル・キング 「ビューティフル」

ミュージカル苦手ですが、家人がたまたま湯川れい子さんと話す機会があり、彼女がブロードウェイ版の『Beautifull』日本語訳詩を担当したと聞き、行きたいと。


私の世代が馴染みのあるキャロル・キングはシンガーソングライターの先駆者的で、ジョニ・ミッチェルやリタ・クーリッジなどなどウエストコーストのアルバム中心で聴いていたミュージシャンの一人。ブロードウェイ版をYtubeで覗いても、朗々と歌い上げる迫力で、なんだかなぁ。そのうえその数々の名曲を日本語で聞かされてもなぁ・・・

あまり気乗りしないまま、観に行きました。そこには私の知らないキャロル・キングの人生がありました。
飛び級で進学した大学生時代に16歳でデビュー。とはいえ歌手としては成功せず、1960年の音楽業界で作曲家として数々のヒット曲を生み出していたということはかろうじて知っていたけれど、当時のポップスはシングル盤全盛、3分間のヒット曲を次々に出さなければならないプレッシャーがあったり、と、若かりしキャロルが葛藤やsングルマザーとなって人生に立ち向かう前向きな舞台。。。
同行の家人は「だんだんキャロルに見えてきた」と言うてました。私はジェームス・テーラーが登場しないのが残念。

私はニューヨーク時代のキャロル・キングと夫ジェリー・ゴフィンのヒット曲を、黒人グループドリフターズやニールセダカが、オケピのバンド演奏でノリよくステージで唄うシーンがよかった!

私たちが行った日はダブルキャストの水樹奈々がキャロル役。初めて聴きました。彼女は声優界初の武道館やドームコンサートを開いたそうで、なかなかしっかりと聴かせてくれてお得感。客席には声優水樹のファンと思われる男(おのこ)たちの率が高いのも面白かった!

2017年

08月17日

(木曜日)

流されること、踏みとどまること

この人が発言したら少しは影響力があるのか?
マスメディアが時勢にモノ申さないから無理か。。。

日刊ゲンダイで発言した久米宏
石原慎太郎さんが東京でやるって言った時から、僕は反対しているんで。リスナーの方々も僕に「忖度」して反対が多くなるとは思っていましたけど。予想以上でしたねえ。
 ――前回の東京五輪を経験した年齢層ほど「返上」の割合が多い。

 64年大会には意義があったと感じているのでしょう。開会式前夜はどしゃ降りで「明日はとんでもないことになるぞ」と思ったら、朝起きると、雲ひとつない快晴でね。この光景が非常に示唆に富んでいて。戦後20年足らずでオリンピックをやるなんて奇跡です。当時は日本人が自信を持ち、世界に復興をアピールできたけど、今回は何の意義があるのかと疑問に思っているのでしょう。

  ――都心では「レガシー」とか言って再開発がドンドン進んでいます。

 僕がオリンピックに反対する大きな理由は、これ以上、東京の一極集中は避けるべきと考えるからです。既にヒト、カネ、コンピューターが集まり過ぎ。オリンピックは日本中の財や富をさらに東京に集中させます。首都直下型地震が起きたら、日本の受けるダメージが甚大になる。

――直下型地震はいつ起きても不思議はない、と危ぶまれています。

 日本で開催するにしても東京だけは避けるべきなのに、ホント理解できません。

■酷暑の開催は非常識の極み

  ――この季節、東京はうだるような暑さが続いています。

 競技を行うには暑すぎます。台風も来るし。日本にとって最悪の季節に開催するのは、アメリカ3大ネットワークのごり押しをIOCが聞き入れているだけ。今からでもIOCに10月に変えてと懇願すべきです。

  ――アスリートファーストをうたいながら、選手には過酷な環境です。

 ウソばかりつきやがってって感じですよね。なぜ真夏開催でOKなのか。本当に聞きたいんです、組織委の森喜朗会長に。アンタは走らないからいいんだろ、バカなんじゃないのって。この季節の開催は非常識の極み。開催期間の前倒しは難しいけれど、3カ月ほどの後ろ倒しは、それほど無理な注文じゃないと思う。工事のスケジュールも楽になる。絶対に開会式は前回と同じ10月10日にすべき。それこそレガシーですよね。

 ――こうした不都合な真実を報じるメディアも少ない。朝日、読売、毎日、日経が東京五輪の公式スポンサー。いわば五輪応援団です。誘致の際の裏金疑惑などを追及できるのか疑問です。

 国際陸連の前会長の息子が、黒いカネを派手に使ったって、みんな気付いているんですけど。なんで追及しないのかねえ、あんな酷いスキャンダルを。
 ――幼少期からオリンピック嫌いだったそうですね。その理由もメダルのことばかり騒いでいるのが疑問だったとか。

(おもむろに分厚い資料を出し)間違ったことを言っちゃいけないと思ってオリンピック憲章をプリントアウトしました。第1章6項1に〈選手間の競争であり、国家間の競争ではない〉、第5章57項には〈IOCとOCOG(オリンピック組織委員会)は国ごとの世界ランキングを作成してはならない〉とある。

  ――どの国が何個メダルを取ったかの競争を禁じるようにしっかり明文化しているのですね。

 ところが、日本政府はもう東京五輪の目標メダル数を発表しているんです。(別の資料を取り出し)JOCの発表は「金メダル数世界3位以内」。選手強化本部長は「東京五輪を大成功に導く義務があり、それにはメダルの数が必要」と言っていますが、ハッキリ言ってオリンピック憲章違反。国がメダルの数を競っちゃいけないのに、3年も前からJOCがメダルの数を言い出す。こういうバカさ加減が、子供の頃から変だと思ったんでしょう。

――お子さんの頃から鋭かったんですね。

 しかも、メダルの色や数で競技団体が受け取る助成金まで上下する。差別ですよ、完全に。

■「今さら」ムードが国や組織を誤らせる

  ――普段から憲法を無視し、そのうえオリンピック憲章違反とはルール無用の政権ですが、丸川珠代五輪相も昨年ラジオのゲスト出演をドタキャンしましたね。

 出演交渉したら「喜んで行く」と言ったんですよ。久々に会うから楽しみに待っていたのに、政務がどうとか言ってね、1週間前にキャンセル。理解に苦しみます。

  ――反対の意見は聞きたくないという今の政権の姿を象徴しています。

 自分たちに非があるって分かっているんじゃないですか。プロセスがちっとも民主的じゃないですから。五輪開催について都民の声を一切聞かない。巨額の税金を使うのに、都民に意見を聞かずに開催していいのか。非常に疑問です。今からでも賛否を問う住民投票を行う価値はあります。
 ――多くの人々は「ここまで来たら」というムードです。

 それと「今さら反対してもしようがない」ね。その世論が先の大戦を引き起こしたことを皆、忘れているんですよ。「もう反対するには遅すぎる」という考え方は非常に危険です。日本人のその発想が、どれだけ道を誤らせてきたか。シャープや東芝も「今さら反対しても」のムードが社内に蔓延していたからだと思う。

  ――都民の声を聞くのはムダではない、と。

 90%が反対だったら、小池都知事も「やめた」って言いやすいでしょう。彼女はあまり五輪に賛成ではないとお見受けします。石原さんが決めたことだしね。五輪を返上すると、違約金が1000億円くらいかかるらしいけど、僕は安いと思う。それで許してくれるのなら、非常に有効なお金の使い道です。

――24年夏季五輪招致に乗り出した都市も住民の反対で次々断念し、残るはパリとロサンゼルスのみ。IOCも28年大会に手を挙げる都市が現れる保証はない、と2大会をパリとロスに振り分ける苦肉の策です。

マス世界は気付いたんですよ、五輪開催の無意味さを。ソウル大会以降、開催国の経済は皆、五輪後に大きく落ち込みました。リオも今酷い状況らしい。しょせん、オリンピックはゼネコンのお祭りですから。つまり利権の巣窟。一番危惧するのは、五輪後のことを真剣に考えている人が見当たらないこと。それこそ「オリオリ詐欺」で閉会式までのことしか誰も考えていない。国民が青ざめるのは祭りの後。いいんじゃないですか、詐欺に遭っている間は夢を見られますから。今は豊田商事の証券を持っている状況です。

  ――また古いですね。

 結局、日本人はスポーツが好きなワケじゃない。オリンピックが好きなだけなんですよ。ノーベル賞も同じ。科学とか文学とか平和が好きなんじゃない。あくまでノーベル賞が好きなんです。

  ――確かにオリンピックの時しか注目されない競技があります。

フェンシングとかね。カヌーもリオで日本人が初の銅メダルを獲得した途端に大騒ぎ。異常ですよ。日本人はカヌーが好きなんじゃない。オリンピックが好き。メダルが好きというビョーキです。

■最後まで反対だけどいついつ粛清されても……

  ――世間はオリンピックのことなら何でも許される雰囲気です。

 ラジオで「オリンピック病」の話をしたら、モンドセレクションも加えてくれって電話が来ました。いっそ立候補する都市がもう出ないなら、IOCもずっと東京に開催をお願いすればいい。一億総オリンピック病なら安心でしょう。IOC本部もアテネの銅像も全部、東京に移しちゃって。

  ――五輪反対を公言する数少ないメディア人として、向こう3年、反対を言い続けますか。

 何で誰も反対と言わないのか不思議なんですよ。そんなに皆、賛成なのかと。僕は開会式が終わっても反対と言うつもりですから。今からでも遅くないって。最後の1人になっても反対します。でもね、大新聞もオリンピックの味方、大広告代理店もあちら側、僕はいつ粛清されても不思議ではありません。

(聞き手=本紙・今泉恵孝)


メディアが五輪応援キャンペーンやってるからなぁ。。。

「もう反対するには遅すぎる」という考え方は非常に危険です。

彼の懸念、もっともだと思います。私はスポーツ観戦好きですが、日の丸は歌いません。メダル合戦もなんだかなぁといつも思います。
日本が五輪立候補した時から、個人的にず~っと、いかがなものかと周囲には発言しているものの、流されてるからなぁ。。。


2017年

08月14日

(月曜日)

鴻池朋子

いくつになっても、もの知らずな自分と出会うことは恥ずかしくもあるが、ワクワクすることでもあります。

ふと目にした紀要の論文に取り上げられていた"鴻池朋子"の作品のモノクロの写真から目が離せませんでした。ピンポイントで好きだよ、これ!

無気味で、どこか不穏なユーモラスなものも見え隠れ、誤解されそうな危険な匂い、子どもと狼、闇と短剣、蝶や森や動物たちの自然に融けこまされていく人体(あるいは生まれる?)、精霊、骸骨・・・・ことばの無い世界、動物が発している"ことば"・・・
わぁ!!なんだかわからんが凄い。自分が無知なのは重々承知しているものの、遅れをとった!
一回も現物の作品を見てないんだ、私。

対談が収められている「どうぶつのことば」に、アートを言語化するのが苦手で、自分の作品を美術(業界)用語で解説・解釈されるとき「違う!」と思うがそれを表現することも困難だ、と言うような話をしています。その話を読んでとても共感でき、かつ見る側の人間として安心しました。
img_52f0d40614adf0251b17da81129e4ee31047624.jpg

また3.11以後全く作品を主体的に作ることができなくなったことも語っています。
いやぁ、しばらくこの人の作品を追っかけてぞくぞくさせてもらおう。
みみお1

2017年

08月11日

(金曜日)

夜明けの祈り

見るのは気が重い映画でしたがやっと見ました。重い映画です。事実に基づいた修道院の映画.。

夜明けの祈り

数年前の「神々と男たち」への違和感とは違い、痛みに気持ちを沿わせることができる気がします。というには身の程知らずで軽すぎる自分だと自覚しつつ。

毎日新聞金曜日夕刊の「シネマの終末」
第二次世界大戦の終戦直後、ポーランドの修道院で起きた実話を元にした作品。想像を絶する苦難に見舞われた修道女たちと、使命感に基づき行動した若き女性医師の物語だ。

 1945年、ポーランド。フランス赤十字の一員として働く医師マチルド(ルー・ドゥ・ラージュ)はある日、修道女の訪問を受け、遠く離れた修道院を訪ねる。そこでは、戦争末期にソ連兵の蛮行によって身ごもった多数の修道女がいた。マチルドは職場や恋人にも内緒で修道院に通い、彼女たちを診察し続ける。

 ココ・シャネルの半生を描いた「ココ・アヴァン・シャネル」などで知られる女性監督アンヌ・フォンテーヌは終始、修道院を薄暗い光の中に包み、修道女たちの苦悩、信仰の揺らぎ、性的な抑圧を伝える。

 修道女たちにとって、純潔は神にささげる信仰の証し。だから、ソ連兵に陵辱された被害者なのに、彼女たちは妊娠を恥じ、神の罰を恐れ、マチルドの診察も怖がる。女性監督ならではの感性で、女性たちの複雑な感情を繊細に描いた。

 信仰を支えにする修道女と、近代的な合理主義に基づいて生きるマチルドの対比も物語に刻印を与える。プライベートでは同僚の男性医師と恋愛をし、修道院では医師としての使命から修道女たちを助けるマチルドに、修道女たちも心を開き、信仰のベールの奥に隠された本心をのぞかせる。

 修道院を襲ったソ連兵たちの中で、自分をかばってくれた兵士への恋心を抱く修道女や、修道院に入る前に恋人がいたことを打ち明ける修道女など、一人一人の内面に光を当て、政治や信仰、社会通念に抑圧された女性たちを解放していく。フォンテーヌ監督が、頑迷な信仰心よりも、科学やヒューマニズムをより価値あるものとみなしていることが伝わってくる。ラストの落とし方は、教会や修道院のあり方へのメッセージとも受け取れた。1時間55分。ヒューマントラストシネマ有楽町ほか。(木)

もう一言
 事件の悲劇性を描くだけでなく、若い修道女が森や雪原を歩いて行くショットなど映画的なイメージも豊かな作品で、残酷な世界の中で孤立した修道院の物語に引き込まれる。何度かさりげなく画面を出入りする戦争孤児たちへの優しいまなざしにも胸を打たれた。(諭)

さらに一言
 命を救おうとする医師の信念と、母になる人生を想定していない修道女の信仰。交差するはずもない彼女たちが連帯していく様子が厳かな映像で切り取られ、その美しさに何度も胸を突かれた。ヒロインの凜々(りり)しさを際立たせるユダヤ人医師とのエピソードも効いている。(細)

技あり
 ベテランのカロリーヌ・シャンプティエ撮影監督は、コンビを組むフォンテーヌ監督に、放置された修道院をロケ地に推薦した。映画用に作られた小礼拝堂と、古びたアーチ道や中庭を違和感なく巧みに組み合わせて映像化し、高評価。欧州17世紀の絵画を思わせる、明暗をくっきり出した祈りの時間など荘厳な画調と、シスターたちがゲームや編み物などに精を出す夜のひと時の、和んだ柔らかな調子の組み合わせもいい。セザール賞撮影賞を取った「神々と男たち」(2010年)以来の僧院物で、さらなる進境を示した。(渡)


 や日曜版の「藤原帰一の映画愛」の紹介文に影響されました。

大戦直後の隠された事件 パンドラの箱に残る希望
 第二次世界大戦直後のポーランド、そこには隠された事件があった。こんな紹介を聞くとどう思いますか。

 そうか、その事件を知らなければならないと考えるのは、真面目な人。また悲惨な事件か、暗い話はたくさんだと敬遠したくなる人もいるでしょう。私はその両方なので見始めは気が重かったんですが、これが良かった。暗いだけの映画じゃありません。

 若いフランス人マチルドは、フランス赤十字病院で働いています。そこに修道院のシスターが、助けを求めてやってきた。この赤十字病院が手当てする患者はフランス人傷病兵なので、ここではできないと伝えますが、シスターは雪の積もった屋外で祈るばかりで引き下がらない。病院の仲間には内緒で、マチルドは修道院に向かいます。

 そこにいたのは、出産間近で苦しむ女性。まだ医師としての経験も少ないマチルドは、出産を手伝いますが、どこかおかしい。まず、医者の助けを求めないことがおかしい。しかも、お腹(なか)の大きい女性が1人ではない。何か隠されているようです。

 次第にわかってくるのは、ドイツが敗退した後にやってきたソ連兵が修道院を襲い、シスターたちを繰り返しレイプしたことです。そのために何人もの修道女が身ごもったけれど、肌を見せることもあってはならないシスターたちですから、公表できない。また公表すれば、カトリック教会に厳しい新政権によって修道院が潰されてしまう危険もあります。見かねたマチルドは、この秘密を口外しないことをシスターに約束して、赤十字病院の同僚には内緒のまま、たったひとりで7人の出産に関わることになります。

 まさに隠された事件ですね。第二次大戦直後のソ連兵によって数多くの女性が陵辱されたにもかかわらず、その性暴力の実態が明らかになるまでには多くの時間を要しました。この映画も実話をもとにしているとのことです。

 つらい映画です。シスターたちは、どうしてこのように酷(ひど)い目に遭うのかわからない。祈ることで苦難に耐えようとしますが、なぜ神がそのような試練を与えるのかがわからない。神に祈りが届いているのかもわからない。マチルドはカトリック信者ではありませんが、危険を冒してシスターを支えても、自分の力では助けることも難しい。病院と修道院を往復するなかで、マチルド自身も兵士に襲われてしまいます。

 ただ、苦しみだけではなく、救いも残されています。その具体的な内容は映画館でご覧いただくことにして、ここでは筋書きをばらす代わりに、この映画の最後に1回だけ流される楽曲「オン・ザ・ネイチャー・オブ・デイライト」についてお話ししたいと思います。

 この「オン・ザ・ネイチャー・オブ・デイライト」、先だって公開された「メッセージ」で効果的に使われていたのでご存じの方も多いでしょう。マーティン・スコセッシ監督の「シャッターアイランド」ではこの曲にダイナ・ワシントンの別の歌の、「この苦い世界で」を合わせていました。自分の力では変えることのできない苦しみばかりの世界を前に、自分に生きる意味があるのだろうか。苦しいですね。

 それでも、苦しみのなかにある人々、その人々を支えようとしながら支える力の乏しい人々のなかにも、心の温(ぬく)もりは残されている。そこに光が差しています。ちょうどバッハのシャコンヌのように、「オン・ザ・ネイチャー・オブ・デイライト」は、悲しみのなかに微(かす)かな喜びも伝える一曲です。

 パンドラの箱が開き、苦しみと悲しみが世界に広がった。それでも箱の底には希望が残されている。暗い話だと敬遠せず、ぜひ映画館においでください。(東京大教授)

2017年

08月07日

(月曜日)

もっと言って!

少なくともわが家では東京五輪に賛成している者はいないですが。。。
アスリートも酷暑の日本での競技に不安有るでしょう!
反対と大きな声で言えない空気があるんだろうなぁ。

牧太郎の大きな声では言えないが…
“東京五輪病”を返上!

東京五輪を返上しろ!なんて書いていいのだろうか? 何度もちゅうちょした。毎日新聞社は東京五輪オフィシャルパートナー。いわば、五輪応援団である。

 でも、恐る恐るサンデー毎日のコラム「牧太郎の青い空白い雲」(7月25日発売)に「日本中が熱中症になる“2020年東京五輪”を返上せよ!」と書いてしまった。すると、意外にも、知り合いの多くから「お前の言う通り!」という意見をもらった。返上論は僕だけではないらしい。

その最大の理由は「非常識な酷暑での開催」である。日本の夏は温度も湿度も高い。太陽の熱やアスファルトの照り返し。気温35度、もしかして40度で行われるマラソン、サッカー、ゴルフ……自殺行為ではあるまいか? 沿道の観客もぶっ倒れる。

 サンデー毎日では書かなかったが、日本にとって最悪な季節に開催するのは、アメリカの3大ネットワークの“ゴリ押し”を国際オリンピック委員会(IOC)が認めてからである。メディアの「稼ぎ」のために健康に最悪な条件で行う「スポーツの祭典」なんて理解できない。

 もう一つの理由は「異常なメダル競争」である。日本オリンピック委員会(JOC)は「金メダル数世界3位以内」を目指しているそうだが、オリンピック憲章は「国家がメダル数を競ってはいけない」と定めている。日本人力士を応援するばかりに、白鵬の変化技を「横綱にあるまじきもの」とイチャモンをつける。そんな「屈折したナショナリズム」が心配なのだ。

 「東京五輪のためなら」でヒト、モノ、カネ、コンピューター……すべてが東京に集中している。地方は疲弊する。ポスト五輪は「大不況」……と予見する向きまである。

 返上となると、1000億円単位の違約金が発生する。でも、2兆、3兆という巨額の予算と比較すれば、安いものではないか。

 東京五輪は安倍晋三首相が「福島の汚染水はアンダーコントロール」と全世界にウソをついて招致した。安倍内閣は「東京五輪のため」という美名の下で、人権を制限する「共謀罪」法を無理やり成立させた。東京五輪を口実に、民主主義が壊されようとしている。

 少なくとも、我々は“東京五輪病”を返上すべきだ!(客員編集委員)

HOME →次ページ